2016年05月07日

悪口は言わない!・・・と決める

人の悪口を言うと運が悪くなります。それは、他人のことを悪く言っているとき、その嫌な言葉を一番たくさん聞いているのは自分だからです。

あなたの意識は「この言葉は自分のことではなく、別の人のことを言っている」とは思ってくれません。シンプルに、あなたが使っている言葉のとおりに未来を引き寄せてしまいます。

だから、他人の悪口を言えば言うほど自分の運は下がります。人の批判をしているとき、それは「自分はみんなに嫌われている最悪な人間だ」というエネルギーを振りまいていることになるのです。

「人の批判や悪口はできるだけ言わないようにしよう」と思っている程度では変わりません。あえて、「今日を境に、いっさい言わないことにする!」と決めてください。ちょっとずつ減らすのではなく、一気にゼロにするのです。

人・モノ・現象・様子・やり方、その他すべての「文句、悪口、不平不満、愚痴、泣き言」は言わない。評価・批判しない。と決意し、実行すると人生、確実に変わってきます。

蛇足になりますが、「暑い、寒い」を口にしないとまったく人生が変わる、と国民教育の師父と言われた森信三先生が著書の中で仰っていました。

2016年05月06日

今の自分の状態・・・人は鏡

嫌な態度の人、応対の悪い人、ムッとさせられる人ばかりに出会うのは、今の自分の状態がそういう状態になっているからなのです。

こちらがイライラしていると相手の悪いところばかりに目がいく、という見方の違いもありますが、それだけでなく、今のあなたの状態を、その出来事を通して見せてくれているのです。

その態度の悪い人とまったく同じことをあなたがしている、ということではなく、なにかにイライラして人にあたっていたり、楽しいことはたくさんあるのに暗い部分だけに注意してドンヨリとしていたり、なにか、それを引き寄せていることが自分の中にあるはずです。

外で偶然どんな人と出会うかは、一瞬の時間のズレで変わります。公共の場で会う人であれば、なおさらそうです。たった一人ずれていれば、あの態度の悪い店員さんではなかったかもしれません・・・・ということは、その態度の悪い店員さんにあたらずにすむ人もいるのです。

態度の悪い人が続くときは、相手に腹を立てるのではなく、「自分は今、そういう対応をされなくてはいけない状態なんだな」と思えばいいのです、その店員さんは、あなたにそれを教えてくれた人です。

面白いことに、これに気づいて自分を見直すようにすると、それを境に嫌な人にあたることはなくなります。

その出来事は、それを気づかせるためにあったことなので、自分が気づきさえ すれば、お役目終了ということで起らなくなるのです。

逆に言うと、それがわからずに相手の態度だけを批判したり、落ち込むだけでなんの気づきもないと、似たようなことが引き続いて起こります。

しかも、だんだんと大きな出来事として表れるようになります。はじめは公共の場の店員さんですんでいた話が、より身近な職場の誰かになったり、あなたにとってもっと影響力のある人間関係として現われたりします。

これが運の悪いスパイラルにはまるということで、途中で自分が気づかなければ悪いことは続いていくのです。

2016年05月05日

未来(子孫)の幸福のために今日努力する

父母の根元は天地の令命にあり
身体の根元は父母の生育にあり
子孫の相続は夫婦の丹精にあり
父母の富貴は祖先の勤功にあり
わが身の富貴は父母の積善にあり
子孫の富貴は自己の勤労にあり
身命の長養は衣食住の三つにあり
衣食住の三つは田畑山林にあり
田畑山林は人民の勤耕にあり
今年の衣食は昨年の産業にあり
来年の衣食は今年の艱難にあり
年年歳歳報徳を忘るべからず


これは、二宮尊徳が残した「報徳訓」です。

子孫が繁栄するためには今日の精進が何より大切です。

未来(子孫達)の幸福のために今日努力しましょう。

出したものは必ず還って来ます。決して損をすることはありません。

2016年05月04日

いくつになっても変化し、成長する

真に道を求める人、一流の人達はいくつになっても変化し、成長しています。
五十、六十で人生がわかったように言う人は、すでに心がマンネリになっているのかもしれません。

天地から賜った自分という人格を年とともに成熟させ、もっとも完熟した形で生を終える、そういう人生を歩みたいものです。

そして、それまで自分の習得してきた技術や良く生きるための方法、考え方などをできる限り後から来る後輩、子孫のために役立つように、何らかの形で遺して置いてあげたいものです。

2016年05月03日

五薀皆空(ごうんかいくう)

五薀とは、「色・受・想・行・識」の五つの感覚レベルのことをいいます。

では、五つの薀(うん)というものを具体的に表してみましょう。

色、ある女性がいた。受、かわいいと受け止めた。結婚したいと思った、これが想。走って行って結婚してくださいと言った、これが行。お断りしますと言われた、これが識。そういう形で落ち着いた、これが識。

さて、そこにかわいい女性がいたと思うのは、実は空である。そしてその空であることを私ちは本物だと思って生きています。だから「空、即(すなわち)是(これ)・色」です。

受け止めたものが本当は空なのに、その空なるものは私の認識として受け止めたものなので、それも「空・即(すなわち)・是(これ)・受」なのです。

それでは、この「空」とは何かという話になります。
空とは存在はするが、性格づけされていない物事という意味です。

ありとあらゆるすべてのものは空。存在する・発生する・状況はあるが、その姿形が一定なわけではない、決まっているものではない。自分がそれを決めているのです。

病気になった。それがつらいと思うか、その結果として、自分が今までわからないことがたくさんわかるようになった、よかったよかったと思うか。どちらだと思うかは、本人の勝手です。本人の思想や考え方によります。

事故や災難、問題と思えるものもあらゆるものは空。全部自分が勝手に決めているだけです。

すべての現象、私たちが感じることは、本質は空です。これが五薀皆空(ごうんかいくう)ということです。

このことがわかった瞬間に、私たちは悩み・苦しみをゼロにすることができます。
悩みも苦しみも、結局自分が「いけないこと」「いやなこと」と、決め付けているだけなのかもしれません。