2016年12月02日

ただ、「そうあるだけ」です

「あの人に叱られた」「あの人に嫌われた」「あの人にハメられた」「あの人にフラれた」それは本当に事実なのですか?

実は、それはあなただけの定義づけであり、あなただけの個人的な世界、個人的な宇宙の中だけの話なのです。

すべての出来事、すべての体験、すべてのもの、すべての現実は・・・・。

ただ、そうあるだけです。宇宙の本質、万物の本質は中立なる愛なのです。

だから、あなた独自の定義で意味づけしてもいい自由があります。他の人も、他の人独自の定義で意味づけしていい自由があります。

100人いれば100通りの解釈があり、100人の視点があり、100人の価値観があり、100人の決めつけや、意味づけや、意義づけがあります。それによって百人百様の変形され応用された現実が創られます。

常にこの基本を忘れないでください。そうすると、苦しさは自分の定義から創られていたことがわかってきます。ただ、そうであるだけのことを、あなたが勝手に決めていい自由を手にしているということです。

逆に言えば、今のあなたにとって不愉快な定義をしていることに気づいたなら、それをいつでも自由に変更できるということです。

あなたの決め付け、あなたの見方、あなたの解釈や反応、あなたの視点、それらを変えることで、本当に心が自由に楽になります。

「私ってダメな人間なんです」「それってむずかしいですね」「なかなかうまくいきません」
「あの人はそういうヒドイ人なんです」「世の中って一般的にこうじゃないですか?」

あ〜、なんてたくさんの定義づけや意味づけがあるのでしょう。
他でもない、あなたがそれを行っているだけなのですが。

でも事実は、すべてが、「ただ、そうあるだけ」です。この中立な定義は、あなたを癒してくれるはずです。あなたを楽にしてくれるはずです。

あなたは、この定義を知っているだけで、今後はもう被害者にも加害者にもならなくて済むのです。

2016年12月01日

この世で現実を創る最強のものは・・・

ばかげた「恐れ」にかまうよりも、「今」、実体験したいことにフォーカスしましょう。

実は、私たちの肉体は、相当に疲れないようにできています。普通に仕事をこなすことや、多少のオーバーワークでもそう疲れません(遊んでいるときの肉体を思い起こしてください)

では、なぜ疲れるのでしょうか?なぜ、こんなにもストレスがかかりすぎるのでしょうか?

それは、「思考」を「かまいすぎる」ことによるのです。考えに執着しすぎて、脳の回路のエネルギー消費がものすごいことになっているからです。

本来、思考はいじくりまわす必要がないのです。重要かつ必要な宇宙の思考は、頭をひねらなくてもあなたの心が静寂なときに勝手に来ます。あなたが握りしめてしまう頭の思考は、単なる「思い込み」の繰り返しですから、万能でもないし、完全ではありません。

だから、宇宙の思考(直感)にゆだね、頭は降参し、ギブアップしてください。
考えたところで、結果は同じ。あなたが意図したことしか起こってきません。
意思、意図、決意、それしか必要がありません。あとは「降参」してください。

さて、ここで、表題の「この世で現実を創る最強のものは?」
の答えですが、それは、「あなたの決意」です。あなたが創造主だからです。

2016年11月30日

悩みは「裁き」から生まれる

苦しみが生じるのは、必ずそこに「頭による裁き」が入ってくるときです。どちらかを「マズイ」状態だと信じているからです。ですから自分を裁くか、相手を裁いて苦しむのです。そこには必ず一方的な物差しがあります。

例えば明るい性格を良いものとし、暗い性格を悪いとする判断は、他人から教わったものです。これはかなり暴力的な裁きです。明るい、暗いと比較すること自体が悪いのではなく、比較して「裁く」ことが苦しみになるのだと言っているのです。

暗さ自体は悪いことでもなんでもありませんので、その感覚を受け入れていれば自然に抜けていきます。にもかかわらず暗さを悪者にして否定するため、エネルギーがストップされて循環しなくなるのです。

その人が暗く見えるのは、暗い性格だからではなく、感情エネルギーがまわっていないだけのことなのです。まして暗い性格だけしか持ってない人など、どこにもいません。

他者との比較ではなく、自分の中だけの「比較による裁き」もあります。過去と今を比較し、どちらかを裁く。未来と今を比較し、どちらかを裁く。という自分自身の比較による裁きです。

「昔は良かったのに、今の自分が置かれている環境はダメだ」とか、「いつか必ず未来はこうあって欲しいなぁ。でも今の状態は最悪だ」という裁き。

裁いたものはもっと強くなっていくだけです。なぜなら裁くということは否定することになるからです。
「NO !」ということですから、その状態のエネルギーに「ストップ」がかかるということなのです。宇宙(現実)の循環にストップがかかるということなのです。

どんな状態も状況も、ただ素直にあるがままで感じ、受け入れていくと、循環し流れていきます。裁いてストップをかけるから、その状態が止まるのです。現実も状況もすべては単なるエネルギーです。

勘違いしないでいただきたいのですが、たくさんの否定的な考えや裁く思いを持っていることと、その人が本質的にダメであるということはまったく別のことです。

2016年11月29日

あなたの思い込みがリアリテイーを与え現実化している

あなたが 「そうだ!」と思い込んでいるものに、あなたがリアリティーを与えて具現化しているのです。

あなたは、優劣があると思い込んでいる。
あなたは、自分の中に劣っているものがあると思い込んでいる。
あなたは、失敗があると思い込んでいる。
あなたは、嫌いな人や、嫌いなものがあると思い込んでいる。
あなたは、「このままではまずいと思う自分」があると思い込んでいる。
あなたは、「特別な個性がないとまずい」と思い込んでいる。
あなたは、「成果を残してなんぼだ」と思い込んでいる。
あなたは、「あの人が自分をひどい目に遭わせた」と思い込んでいる。
あなたは、「〜〜しなくてはならない」と思い込んでいる。
あなたは、OOこそがスゴイと思い込んでいる。
あなたは、自分の使命があると思い込んでいる。
あなたは、達成すべき偉業があると思い込んでいる。
あなたは、今以上に素晴らしいものがあると思い込んでいる。
あなたは、「あれは自分ではない」「それは自分の財産ではない」と思い込んでいる。
あなたは、あなたは、・・・・・・。
あなたは、一体何を思い込んでいるのでしょう?

この現実が、この肉体が、この息子や夫が、あの他人が「在る!」と思い込んでいる?
あなたは、あなたが思い込んだとおり、そういうリアリティーを与えたとおりの今のあなたに見えているだけです。

あなたは、神のように自由でいるのが、じつは怖いのです。あなたは、誰かと一緒でいたいのです。あなたは、個性ある独自の存在でいるのが怖いのです。だから、なるべく多くの人が声に出すことに従おうとするし、他の人への見え方が気になります。

でも、あなたは 「あなた」 でしかありません。
「あなた」が思い込んで、「あなた」がすべてにリアリティーを与えている。これは完全にあなただけの視点であり、あなただけの解釈です。

本来はファジー(あいまい)でしかないものに、あなたが、「独自のリアリティー」を与えています。それらは本来ファジーです。すべての概念がファジーであり、すべての人がファジーであり、あなたの視点から、あなたがリアリティーを与えて存在させているのです。それがあなたの個性ということです。

2016年11月28日

大人(たいじん)の徳

日々の生活の中で汚れる肉体を持ちながら、自分の良心(人の道)をまじめに守って生活することができますか?

自分の生活の中で精神を集中することができて、それでも身心は柔軟にして、赤子(あかご)のようにいられますか?

良心の鏡に恥じないような生活を、自分はしていますか?

他人や国のために陰で良いことを自分がしていても、これをあえて他人に知られないようにできますか?

この世の多くの知識を自分が持っていても、これを他人に自慢せずに控え目にいられますか?

自分が発見したり開発して大切に守り育てた色々な物事を自分のものとはせずに、これを自慢せずに、自分が取り仕切ろうとしないことができますか?

これらのことが出来ることが、大人(聖人)の徳なのです。