2018年03月23日

本音を信じる・・・

メディアや世間の決める「これが幸せ」は、あなたの幸せではないかもしれません。

本音ではそれをわかっている、それなのに、無理に気持ちをそこに向かわせようとする、だから向かっている途中から苦しくなるのです。

苦しくなると言うのは、「そっちではない」ということです。

あなたの本音の感覚を通して、それを知らせてくれているのです。

2018年03月22日

「有り難い」と「あたりまえ」

「有難い」は「有ることが難しい」と書きます。

「有難い」の反対語は「あたりまえ」です。

いま目の前にあること、仕事、家族、仲間、健康を「あたりまえ」だと思うと、感謝の気持ちが湧きません。

感謝の気持ちが湧かないと、生きるていねいさや工夫が失われます。

目の前にあることは、あたりまえではありません。

なくすと、よくわかります。

なくなるのは、あっという間です。

失くしてから、しまったと思っても後の祭りです。

そうならないためには、平凡に感謝。いま目の前にあること、仕事、家族、仲間、健康を、自然の恵みなど「有難い」と感謝しましょう。

2018年03月21日

よい言葉に出会う、良い言葉を使う

「よい言葉に出会うことは、よい友人に出会ったのと同じである」

「出会いは人の心を広げてくれる、別れは人の心を深くしてくれる」

「出会いはありがたいが、別れがいけないものである」というような価値観を、私たちは教え込まれました。

離婚がいけないこととか、親子の別れが悲しいとか、そういうふうに教え込まれてしまったのですが、「別れは人の心を深くしてくれる」と考えると、それはそれでまたよしということになるではありませんか。

その一言で、別れというものが決して悪いものではないと思えるわけです。

短い言葉によって、人は救われることがあるのです。

よい一言、よい言葉は、良い友人を一人得たのと同じくらいの重さと深みを持っています。

お釈迦様は、「自分の口から発せられる言葉は、つねに温かい言葉、仏の言葉である、ということを、考えなさい」と仰っていたそうです。

言葉は素晴らしい力を持っています。

言葉をバカにしないこと。

荒っぽい言葉を使わないこと。

そういうことの積み重ねによって、私たちはとても穏かで幸せな日々を過ごすことができるのです。

2018年03月20日

病気のお蔭・・・

病気をすることは、考えようによってはありがたいものです。

病気をすると自分ほど不幸な者はいないと思いがちですが、考えてみれば病気をしたおかげで、今まで分からなかった感謝の気持ちや健康というものへの本当のあり方というものも分からせてもらえます。

その意味では、若いときに大きな病気を与えられた方が、かえっていいのではないかと考えることもできます。

高齢になってから大病を患うと回復力もよくありませんし、また周りで世話をする人も高齢になっている可能性が高いものです。

いずれにしても、できるだけ病気にならないで老衰で死ねることが一番です。

食べる物(過食)が病気をつくりだす一番の原因ですから、日頃から暴飲暴食を控え臓器に負担をかけないような食事を摂るように気をつけましょう。

2018年03月19日

常に良い意味を与えましょう・・・

私たちが意味を与えるまで「状況」にはまったく意味がありません。

こんな状況に見えるけど、「自分自身には、何か必ずいい意味があるに違いない」
と考えましょう。

私たちがそういう(良い)意味を与えることによって常にうまくいきます。

どんな状況も、すでにその中に本質的に決まっている意味はありません。

私たちが与える意味によって、そこから得られる結果が変わってきます。

だから、自分の現在の幸せな人生にとって、いかにも矛盾して見えるもの(状況)でも肯定的な意味を与えることによって、それが障害に見えなくなります。

それを「障害」と見ようとしないで「それは自分の幸せな部分の延長なのだ。

ただ今の自分の目には、どのように肯定的なのかが、まだ見えていないだけなのだ」と思って下さい。