2018年09月13日

人生(運命)を創造しているのは自分です

何かをする理由は、ひとつしかありません。
世間(宇宙)に向かって、自分が何者であるかを示すことです。

そうすれば、人生は自己の創造になります。
私たちは人生を使って、真の自分、こうありたいと願ってきた自分を創造します。

又、ある行動を拒否する理由もひとつしかありません。
それが自分にふさわしくなくなった、という理由です。
その行為が自分の真の姿を表さないからです。
正しい自分を示したいと願うなら、自分にふさわしくないものはすべて、変えていくよう努めなければなりません。

「こんな目にあう」のは、何か、あるいは誰かのせいだと考えているかぎり、どうすることもできません。

「私の責任だ」と言ったときはじめて、それを変えられます。

自分がしていることを変えるほうが、他者がしていることを変えるよりずっと容易です。
なにごとであれ、それを変える第一歩は、選んだのは自分だと認め、受け入れることです。

それから、間違っているからではなく、本当の自分にふさわしくないからという理由で、変化させる努力をしましょう。

人生(運命)を創造しているのは自分です

何かをする理由は、ひとつしかありません。
世間(宇宙)に向かって、自分が何者であるかを示すことです。

そうすれば、人生は自己の創造になります。
私たちは人生を使って、真の自分、こうありたいと願ってきた自分を創造します。

又、ある行動を拒否する理由もひとつしかありません。
それが自分にふさわしくなくなった、という理由です。
その行為が自分の真の姿を表さないからです。
正しい自分を示したいと願うなら、自分にふさわしくないものはすべて、変えていくよう努めなければなりません。

「こんな目にあう」のは、何か、あるいは誰かのせいだと考えているかぎり、どうすることもできません。

「私の責任だ」と言ったときはじめて、それを変えられます。

自分がしていることを変えるほうが、他者がしていることを変えるよりずっと容易です。
なにごとであれ、それを変える第一歩は、選んだのは自分だと認め、受け入れることです。

それから、間違っているからではなく、本当の自分にふさわしくないからという理由で、変化させる努力をしましょう。

2018年09月12日

良い仲間のいる人生・・・・

「人の喜びや幸せをよろこんであげるだけで、徳を積むことになる」という一番簡単な徳積みのことを「隋喜功徳(ずいきくどく)」といいます。仏教の修行の中で、もっとも楽なことでしょう。

自分のまわりの人が「今日はこんな楽しいことがあってね」という話をしていたら、ただひたすら「よかったね」と言ってるだけで、「功徳」を積み重ねることになるわけです。

よい話、明るい話、楽しい話を頻繁にする「いい仲間」がいる人は、「よかったね」と喜び合えることの連続です。それだけでたくさん「功徳」を積んでいるわけですから、こんな素晴らしいことはありません。

そう考えると、いい旅(人生)とは、どこへ行くかではなく、誰と行くかによって決まることがわかります。

「いい仲間」に囲まれていれば、どこへ行っても楽しいし、また、特別にどこへ行かなくても楽しいものです。

どこかへ行くから楽しいのではなく、どんなところでもいい、ということです。

よろこび合える人間関係に囲まれて人生を歩んでいけるなら、何をしてても、台所でタクアンを切っているだけで、充分に幸せを感じられるようになります。

2018年09月11日

自己の人間性を向上させましょう、少しでも人のために尽くしましょう

「仏教の教えの真髄は?」と尋ねられ、松原泰道師は「上求菩提(じょうぐぼだい)、下化衆生(げけしゅじょう)」と答えられたそうです。

上求菩提は自己の人間性を向上させること。下化衆生は少しでも人のために尽くすことです。

仏教徒でなくても、高齢になっても、そう生きてゆければいいですね。

2018年09月10日

一書の恩徳、萬玉に勝る

意義ある一冊の本から受ける恩徳は、多くの宝玉よりも大きいものです。

また、良師の一言の教訓の貴重さは千金の重さに匹敵します。

自分を取り巻く社会の人に、持って生まれた自分の個性を発揮して世間から歓迎されるような生き方が最高の生き方です。

いかに個性を発揮しても、世間にご迷惑をかけるような生き方はよくありません。

縦横無尽に自由自在に力いっぱい生きるには沢山の本を読むことです。

仕事の本、人生の本、自身を高める本を時間のあるかぎり読み、人生を人間として道を誤らないように粛々と歩むには、聖人、賢者、先哲について学ぶのが最短距離です。

現代では、ユーチューブを通しても先哲について学べるようになりました。