2016年12月09日

ピンチや逆境は軌道修正を図るチャンス

私たちを絶望と失意のどん底に陥れるネガティブな現象には、重要な意味が隠されています。

それは人生の軌道修正を図るためのよい機会であるのかもしれません。
人生の危機・不幸と思える現象は神様からのメッセージと考えられます。

神様が私たちの一人ひとりの人生を正しい方向に軌道修正させてあげようとする一種の合図ともいえるのです。ですから、ピンチや逆境に遭遇したからといって、いたずらに嘆き悲しむことなんかありません。そういうときこそ、「ありがたい、これで人生の軌道修正を図るることができる」「ありがたい、これは再生するための絶好の機会かもしれない」
と思うことが大事です。

そうやって、悪い出来事でも感謝の気持ちでとらえていると、運命は徐々に好転してゆくものです。

2016年12月08日

大きい動き(流れ)に乗る

人生は一つのリズム、大きい動きに乗って生活してゆくことです。

そのときそのとき、天候気候、自然、人事、心の動きのただそのままに、すべての現象に泰然として乗り、自若として居る。大船にのった心、大波にのった相。

春におり、夏に涼み、秋に楽しみ、冬に親しむ。一つとしてそれに抗せず、順応すること。このとき、人間生活のすべて、自然現象のことごとくがすべて、天のままに花咲き、地のままに実るのです。

大きな流れ、大きな動きに逆らわずに受け入れて生きていると楽に生きられる。

2016年12月07日

原因を外にではなく内に求める

自分の環境を呪っている限り、人は決して幸福になることはできません。

「幸福とは、自分自身の努力で望みが叶うことであり、望みを達成するプロセスが他人や社会との調和を欠いていないこと」と、日本公園の父といわれた本多静六が言っていました。つまり、環境を呪った段階で既に幸福から遠ざかっている、ということになるでしょうか。

何か失敗があった時、それを外部のせいにしては決して成功や幸せを望むことはできません。失敗の原因を、環境や他人に帰着させることなく、すべて自分のせいだと考える内部要因思考で生きなければなりません。

こうしたスタンスでいると、失敗をしても、「失敗から学ぶ」ということができます。失敗を外に向ける外部要因思考では、失敗から学ぶことはできません。

2016年12月06日

諦観(ていかん)・・・人生は思い通りにならないものと思い定める

何か問題が起ってる時に、努力による解決方法しか知らない人は、「幸せを感じにくい」かもしれません。なぜなら、人間の欲求には際限がないからです。

人の十倍、二十倍の努力による解決方法では実現できないことも多く、ストレスがたまってしまいます。

学校でも社会に出てからも、こういう解決方法しか知らないため、苦しみ続けてしまい、なかには病気になってしまう人もいます。
世の中は、人生は、「そもそも思い通りにならないものである、と思い定める」「思い通りにならない・・・と諦める」という解決方法もあります。

「諦める」というのは、言葉の語源でいうと「宇宙の法則を自分の中であきらしめる(明らかにする)」ことです。

「宇宙がそういうふうになっているから、しょうがない」と理解することであり、「諦観(ていかん)」とは「諦めの観察」=「悟り」のことをいいます。

要するに、何でも思い通りにしようとして、ストレスを溜め込まないで、受け入れて流れに任せてみると苦労しなくて済むということです。

2016年12月05日

正しいかどうかを探っていくだけの人生は不毛です

あなたは、あなたを生きるために肉体をもらったのであって、他者の概念を生きるために生きているわけではありません。宇宙には同じものは不要だからです。

人の数だけ好みがあってよいのですから、あなたは「あなた」であってください。

正しい生き方、立派な生き方、すばらしい生き方、そんなことを追究するために生きているのではありません。

「あなた」が喜べるバイブレーションなのかどうかです。
あなたは「あなたの地球と宇宙」を創ってください。

あなたの愛すべき親であれ、子供であれ、あなた以外の他者の荷物を背負う必要はありません。でも、それが、「心底から楽しくてしかたがない!」という「バイブレーション」があなたの中に湧くのならOKです。

正しき考えを追究する窮屈な生き方から、フィーリングやバイブレーションを大切に追究する生き方へとチェンジしてみましょう。