2016年09月04日

自分の価値は、自分の考え方が決める(セルフイメージ通りになる)

私たちは、自分がそれに値すると考えているような取り扱いを受けています。

自分は劣っていると考えている人は、その人の本質がどうであるかに関係なく、劣っている人の扱い方をされます。

劣っている人は、劣っている人なりの行動をとるからです。劣等感を持っていれば、そのような行動をとります。どんなに隠そうとしても、長い間それを隠しおおせるものではありません。どこかで劣等感を持った人の行動をとってしまいます。

こうして自分が重要な人物ではないという劣等感を持っている人は、重要でない人間となってしまうのです。考えが行動を規制するのです。

逆にいえば、自分はその仕事に適していると考えている人は、ほんとうにそのようになるのです。

ということは、大切なことは、自分は重要な人間なのだと考えねばならないということです。

心からそう考えなければなりません。そうすれば、周囲もそう考えるようになるでしょう。

このことをわかりやすく書き表すと、「あなたの考えがあなたの行動を決定し、同時にあなたの行動があなたに対する他人の反応をも決定する」ということです。

他人の尊敬を得るには、まず、自分は尊敬に値する人間であると考えなければなりません。思っていなければなりません。

そして自分自身に尊敬の念を持てば持つほど、人はあなたに対する尊敬の念を強めるのです。

2016年09月03日

大きく考えることは大切です

成功するかどうかは考え方の大きさによって決まります。

その人の預金の多さも、幸福の大きさも、満足の大きさもすべて、その人の考え方の大きさに比例しています。

大きく考えることには、何らかの魔術がひそんでいるのです。

しかし、「それなら、どうしてみんなは大きく考えるようにしないのだろう」と言うでしょう。

それは、私たちは、自分たちが考えている以上に周囲の考えに影響を受けているからなのです。

あなたの周囲の環境は、あなたを二流、三流の地位に引きずりおろそうとするものであふれています。

「人はその心で考えるごときものとなる」と預言者ダビデは言いました。

「よいも悪いも、それはすべてあなたの考えがそうするのである」とシェイクスピアは言いました。

偉大な人たちは、自分の人生を大きく考えることが、大切であることを鋭敏に指摘してきました。

さあ、大きく考えましょう。

そうすればあなたは大きく生きられるでしょう。

あなたは幸福の点で大きく生きられるでしょう。

成功の点で大きく生きられるでしょう。

収入の点で大きく生きられるでしょう。

友人の点で大きく生きられるでしょう。

人に尊敬される点で大きく生きられるでしょう。

さあ、今すぐ出発しましょう。人生は小さくなっているには短すぎます。

豊かに幸せになりたいなら、自分のことを過小評価してはいけません。

2016年09月02日

変えたい「今」なら動いてみよう

毎日が楽しい、出会うものや人がすべて自分にとってのいい刺激になる、やりたいことがたくさんあってわくわくする・・・本来ならすべての人がそうあってほしいのですが、現実はいろいろ難しいようで。 

「だいたい幸せ」という人はまだましなほうで、なかには、「毎日が同じ繰り返し」「何だか味気なくて」という人がけっこういたりします。個人の状況はさまざまで、人間の感情は複雑ですから、ときにはそんなこともあるかもしれません。

問題なのは、そのままの状態を続けるということです。

今の自分が嫌なら、今の自分の状況に不満なら、それを変える努力というものは自らがしなければなりません。何もしないで、何かが変わるなんて、百年待ってもありえません。

と言っても、会社を変わるとか、引越しをするとか、それほど大きな決断をする必要はありません。ほんの小さなことでいいのです。何か、いつもと違うことをしてみるといった程度のことで十分です。

たとえば、通勤にいつもと違うコースをとってみる、ふだん着ないような色の服を着てみる、などです。

自分の習慣や好みを少し離れてみることによって、ひょっとするといままでとは違う自分、自分も知らなかった別の自分がクローズアップされるかもしれません。

ほんの少し行動や視点を変えるだけで、「自分はこうである」という思い込みから自由になれるのです。

新しい自分を発見するというのは、今いる場所から一歩踏み出す勇気を持つ人にだけ与えられる特権です。この特権を使うかどうかは、あなた次第なのです。

2016年09月01日

すべては心の持ち方ひとつです

人生は、哀しいこと、辛いこと、苦しいこと、嫌なことであふれています。生きていくためには、まず食べなければなりません。食べるためには当然働いて何がしかの収入を得なければなりません。

そうすると、一日中職場に拘束され、自由を奪われます。仕事ですからわがままは許されません。どんな嫌いな人とも付き合っていかなければなりませんし、理不尽なことでも、会社の命令ともなれば遂行しなければなりません。時には上司やお客さんから怒鳴られ、部下からバカにされることもあるでしょう。

そうやって必死になって働いてたくさんのお金が手にはいれば、それはそれで我慢のしようがありますが、現実にはわずかばかりの収入しか得ることができない場合がほとんどです。

「そんなにサラリーマンが大変なら、脱サラして商売でも始めたらいいじゃないか、もしかしたら大儲けできるかもしれない・・・」と誰かが言うかもしれません。

確かにそれは一理ありますが、自由業は自由業の悲哀、難しさがまたあります。

私たちは生きていく上で、さらに色々なことで悩まされ続けます。

「リストラされたらどうしよう・・・・」
「事故や事件に巻き込まれはしないだろうか・・・」
「病気になりはしないだろうか・・・・」
「仲間はずれにされたらどうしよう・・・・」
「女房(夫)に逃げられたらどうしよう・・・」

これらはほんの一部ですが、私たちは1年365日、こうした悩み、不安に苛まれながら生きています。

しかし、嘆いてはいけません。私たち日本人はそれでもまだまだ幸せなほうなのです。

少なくとも、衣食住だけは完璧に満たされているからです。日本人のほとんどの人は、家に水道があり、お風呂もあります、三度の食事にもありつけます。現在世界人口の半分近くの人たちが飢餓に苦しんでいるのですから、それを考えれば感謝こそすれ、絶対に嘆いてはいけないのです。

上を見ればキリがありませんが、足るを知ることによって、人生はそれなりに充実してくるものです。

人生には悪い面があれば良い面も必ず存在します。ただ私たちは悪い面ばかりに目がいって良い面を忘れているだけなのです。

この世を苦界とするのも天国とするのも、すべては自分の考え方次第であるということを深く銘記すべきです。

2016年08月31日

喜ばれるようにお金を使いましょう

お金は自分が役に立つように使ってもらうと大変喜びます。そして、自分たちを、喜ばれるように使ってくれる人のところへ仲間を連れて戻ろうとします。

だから、役に立つようにお金を使うためには、いかに喜んでもらえるかという使い方をすることです。

たとえば、一日に千人のお客さんが並んで入るようなラーメン屋さんでは、あなたの払っている六百円のラーメン代が、売り上げの千分の一でしかありません。

ところが一日十人しか来ないラーメン屋さんでは、あなたの六百円が、なんと十分の一の売り上げを占めるのです。


喜ばれ方が全然違います。

おいしい店、有名な店に並んでおいしいものを待って食べるというのは、自分さえ満足すればいいと思っている自我、エゴの塊りだけなのかもしれません。

お金は喜ばれるような使い方を続けていると、いつの間にかお金自身があちこちの財布で、ひそひそと話をするようになります。

「あの人の家に行くと、僕たちを喜ばれるように使ってくれるよ」

「そうか、じゃあ明日、ほかの家に行ったら、皆にその噂話をしてあげよう」

このように、みんながあちこちで話をしてくれ、あちこちでそのような噂話を聞いたお金達が、自らの意志でこの人の家に来ようとします。

あなたのもとへ、こうして沢山のお金が来たときは、「しょうがないなぁ」と言いながら、また自分の自我やエゴではなく、喜ばれるように使ってあげるようにしましょう。

こうしたお金の使い方をしていると、みんなが幸せになってきて、勝ち組とか負け組とか二極化もだんだんなくなって来るかもしれません。