2016年12月29日

業績評価にとらわれない

「これだけの仕事をした」とか「これだけお金を稼いだ」とか「これだけの学校を出た」とか、何か業績と結びつかないと全部価値がないとみなし、ものすごく業績評価に偏った見方が社会に蔓延して、業績だけの価値観から抜け出せない人が多くなっています。ここから抜け出せないと人は幸せにはなれません。

業績的価値観を抜きにして身近な生活に目を向ければ、自分のいる場をきれいにしたり、おいしい料理を味わうというように、いくらでも幸せを味わうためのヒントが隠されています。

富や成功を求めるのではなく、「おにぎり一つで幸せだ」という人生が素晴らしいんです。自分の人生の意味と価値を信じられなくては、おにぎり一つで幸せを感じることはできません。

人間は自分の内面をしっかり見つめて、小さなことでも「あっ、いいな」と喜べる感性を身につけることが大切です。

2016年12月28日

一日一日を精一杯生きる、そこに幸せはある

いま目の前にあることを、やれる範囲で精一杯やっていく、その積み重ねが達成感を生み、天から賜ったその人の生を輝かせることにもなるのです。

何かいい出来事が起きたから幸せ・・・ではないのです。

生きているだけで幸せ。平凡な毎日でも、同じことを繰り返せる幸せ。

目の前に起こる出来事をしみじみと味わうというような、当たり前の日常の中に本当の幸せというものはあるのです。

人生を輝かせて幸せに生きるには、自分に正直に一生懸命に生きるということが大切です。

2016年12月27日

人として生まれた幸せを思う

私たちはともすれば人生の苦しみのみに目が奪われやすいものです。また人生の不公平を恨む気持ちにとらわれやすいものです。

中国臨済宗の開祖、臨済禅師は「見ることができる目を持ち、聞くことができる耳を持ち、動かすことができる手足を持っているのに、それ以上なにが不服か」と言っておられます。

五体が満足なだけでも、大変な幸せです。

自分の持っている悪い点のみを見つめることをやめましょう。自分の恵まれた点を列記し、感謝しましょう。その第一は人として生まれてくることができたことではないですか。これ以上の幸福はありません。

これに比べれば、財産、地位、美醜などは、ほんのちょっとした付け加わりに過ぎないのです。このように考え自分の今ある状態に感謝しましょう。

2016年12月26日

してあげられる幸せ

幸せは三つあると言います。

一番目は、やってもらう幸せ。二番目は、自分で出来るようになった幸せ。三番目は人にしてあげる幸せです。

人がして欲しいことをしてあげれば喜ばれます。「してあげる幸せ」は三つの幸せの中で最高の幸せでしょう。

私たちは、いまだに「してもらう幸せ」ばかり求めて、絶えず不平不満ばかり言っています。「してあげられる幸せ」を噛みしめたいものです。

2016年12月25日

気の持ち方次第

不幸だとか幸福だとかいう言葉くらい、本人の気の持ち方次第のものはありません。
不幸が好きな人は不幸だし、幸福が好きな人は幸福です。

おかしな言い方ですが、不幸になるのも幸福になるのも、本人の望み次第です。
幸福にも不幸にも、自分の好き勝手になれるものです。

私たちは、いつでも、ものの考え方の方向を、絶対に明るい方向に持っていきたいものです。明るいところには元気が、暗いところには病気が必ず宿っているのです。