2016年11月06日

凡事徹底

簡単なこと、単純なこと、単調なことをおろそかにしないことはとても大事なことです。

やれば誰にでもできる平凡なことを徹底し、その中で差をつけることが肝心です。

そんな信念を持って生きていきましょう。

普通は簡単なことはバカにしたり、軽くあしらいがちです。

しかし、そういう生き方をしていると、結果において人生をおろそかにすることになります。

2016年11月05日

あるがままで十分

毎春、鯉が黄河上流の兎門にある三段の滝登りに挑戦します。ほとんどの鯉は登りきれませんが、なかに三段の滝をすべて登りきる鯉がおり、するとその鯉は龍に変じて天に昇って行くといいます。

これを禅では、困難を乗り越えて一心に修行を重ねれば、やがて龍のような素晴らしい悟りの境地にたどりつくという意味に使います。

ところが、唐代の僧・重顕禅師は、こう言いました。

「鯉は鯉で、なに不足」

「鯉が鯉のままであるのがなぜ不足なのか。なにも鯉が龍になる必要はない」と。

誰もかれもがまなじりを決して、出世しようとしたり、成功者を目ざしたりする必要はないということです。

「世の中は、駕籠に乗る人、かつぐ人、そのまたわらじつくる人」という言葉もあります。社会にはさまざまな仕事が必要で、それをになうさまざまな人で成り立っています。今の自分の仕事やポジションに不足を持つ必要はまったくないということです。

「乗る人」がいばることも、「かつぐ人」が卑下する必要もありません。

2016年11月04日

言葉は人となる

言葉には力があります。よい言葉は宇宙を動かし、生きる方向を完全に変える力をもっています。

私たちは、自分を励ますような良い言葉を聞きたがっています。よい言葉は、私たちの心、無限の力を持つ心を直接刺激します。その結果、私たちは心の力を用いて、能力を最大限に発揮できます。

そのように、よい言葉は私たちを変え、悩みを解消し希望を抱かせる力を持っています。

何か心配なこと、自信を失わせるようなことが心に浮かんだら、「大丈夫、困ったことは起こらない」と自分に言い聞かせましょう。

悩まない、迷わない、心配しない。

このような生き方を続けるうちに、運勢は思ってもみないほど好転するものです。

2016年11月03日

縁に身を任せて生きる

「花は無心にして蝶を招き、蝶は無心にして花を尋ぬ」

これは良寛の歌です。花も蝶も、あれやこれやとより好みするわけでなく、無心に互いに戯れています。

あれやこれやと賢(さか)しげに選ばなくても、世の中には自然の縁があります。出会うべきものは出会い、離れるべきものは離れていきます。

すべてが縁であり、すべてが自然、大自然の運行や縁に身を任せて生きる。こうすれば、心が揺れ動くこともなく、苦しむこともなく、安らいだ日々を送ることができるのです。

こうした日々を送ることができたらなんと穏やかで素晴らしいことでしょう。

2016年11月02日

無事これ名馬

「無事これ名馬」といいます。競馬では、どんな名馬も骨折してしまえば、その場で安楽死処分されます。これになぞらえ、ビジネスマン人生も「無事これ名馬」と称されます。同期の出世コースのトップを走ってきた人でも、病に倒れ、やむなく前線をしりぞくケースは決してまれではありません。

結果的に、健康に配慮し、ケガや大病をしないで働き抜いた人が人生コースも出世コースも登りつめていくことになります。

命をけずるような働き方は賢明ではありません。つねに少しの余裕をもって生きていくことを心がけましょう。「あくせく」よりは「ゆっくり」がいいのです。「じたばた」よりも「粛々と」です。このほうが効率が上がり、達成する目標も高くなります。

「無事」は禅によく登場する言葉で、一般の意味とは少し異なり、禅では、人のたくらみなどから離れて、自分本来に戻った状態、つまり、あるがままの自分である状態をいいます。人の思惑やたくらみにとらわれない真の自由を得た人、といってもいいでしょう。