2016年09月18日

相手を変える必要はありません

多くの人は、自分の価値観の中に相手を連れてこようとして苦しみます。

こういう場合は、その人の良いところも悪いところも踏まえた上で、そのまますべてを受け入れてしまえばいいのです。

すなわち、自分の心を広げる。許容度、寛容度を上げるということです。

「世の中には、そういう人もいるよね〜」と、自分の価値観を押しつけないで、「気にならない人」になることです。

相手を変える必要なんかどこにもありません、その人を認めて、自分が「気にならない人」になったら、それで「終わり」です。

すべてのことに鷹揚になって、イライラしなくなったら自分が一番ラク、ということです。

2016年09月17日

あるがままの自分からスタートする

もしこの世で何事かをなしとげようと望むのだったら、「自分が置かれたところから出発する」ばかりでなく、「自分が持っているものを活用」しなければなりません。

私たちの多くは、「自分が置かれていないところからは出発できない」し、「自分が持たないものは活用できない」という明白な事実を決して認めようとしないのはおかしな話です。そればかりか、私たちの多くは、その説を馬鹿にしようとします。

現在あるがままの自分を受け入れることは、自分を改善するのと同じくらい重要な成功の秘訣なのです。

私たちには目の色、骨格、背丈、その他多くの変えられないものがあります。あなたは自分の体格、頭脳、容貌や「背景」にがっかりしているかもしれません。

しかしあなたが使えるのは、この肉体でありこの頭脳でありこの容貌しかないのです。もし何かしようとするなら、あなたは自分の体格や頭脳や容貌をそのまま受け入れて、それをうまく活用する以外にありません。

私たちはそれらを変えることはできませんが、素直に受け入れることで、これらを負債から資産に変えることができるのです。失敗の原因となる自分の「欠点」をいいわけにするのをやめれば、その欠点は、たいていのばあい、成功をもたらす「魅力」に変わるものなのです。

2016年09月16日

第一願望が至幸至福とは限りません

願いが叶わなかったからといって失望したり、落ち込んだりすることはありません。

神様は全知全能なので、どうすれば、あなたが一番幸せになれるのか、運がよくなるかをご存知です。そのためには、今の願望が叶わない方がいいと判断し、誘導措置をとってくれたり、軌道修正を図ってくれる場合が、人生にはしばしばあります。

「今の自分の願望が叶うことが絶対幸福につながる」とは限りません。

そう考えると願望が叶わなかったときも落胆せずに乗り切ることができます。

2016年09月15日

「一時語」と「永久語」

自分が何か失敗したとき、「いやぁー、まずかったな、失敗いちゃった」そして、さらに「私はダメな人間だな」と言ったとしましょう。

さて、この言い方は大事なことを学ぶチャンスになります。前半の言い方(これは一時語と考えます)はこれで結構ですが、後半の言い方(こちらは永久語と考えます)は絶対にやめなければいけません。

つまり、前半の言い方に続く後半の言い方が、自分の人生を不幸にする方程式だということです。

すなわち、失敗をしでかしたときには、何々で失敗をした、誰々に迷惑をかけた、ということでいいのです。

誰にでも起こりうる失敗ごとから、普遍化して自分の性格まで規定してしまうことはないのです。「いつも」とか「一年中」とかは、悪いことが起きてしまったときに、決して言ってはならない「永久語」なのです。

これとは反対に、自分がかかわってやったことで、うまくいったときは、「いやぁー、よかった、よかった、うれしい」そして、さらに「私は価値のある人間だな」と考えましょう。

自分がかかわった良い結果には、「永久語」で自分に言い聞かせることが大事なのです。これが、自分の人生を幸福にする方程式なのです。

起きた事実を率直に受け止めて、考えたり言葉にするのが「一時語」です。起きた事実の結果を見て、使い分けるのが「永久語」ということです。

人は、自分の頭で考えたり、言葉に出して言ってみたりすることに、引き付けられるものです。だから、悪いことや嫌なことに引き回されることを避けるためにも、些細なことですが、言葉を使い分けることで幸せになるキッカケをつかんでみましょう。

言葉には偉大な力があります。

2016年09月14日

いつもこう在りたいものです

何事も恐れず、誠実な魂を持ち、ひたすら英知を追い求める。

いつでも人に手を差し伸べる用意をし、食い意地をはらない。

神を敬い、一人でこつこつと勉強することを愛する。

謙虚でまっすぐな心を持ち、万物を慈しみ、怒りにかられず、他の人たちがありがたがるものにも執着しない。

冷静で、思いやりがあり、人の過失を責めない。

苦しむ者たちにやさしくし、足ることを知り、欲望に振り回されない。

温和で控え目ながら威厳をもち、忍耐と不屈の精神と純粋さの入り混じった気高い人間性を備え、復讐心に燃えることもなく、決して自分を過大評価しない。

このような資質こそ、真理を愛する者がすぐそれとわかる特徴であると、「バガバット・ギータ」に語られています。

わたしたちもこうでなければなりません。