2017年09月24日

世界は、人生は自分次第で変わる

同じ光景を見ても、ある人には良いことに思え、別の人には悪に映ります。

その光景の実態の真相は、善でも悪でもなくて、見ている人が決めています。

自分の心の鏡に何を映すかによって、この世は善にも悪にも見えるのです。

この世に生きていれば、色んな価値観の相克から、様々な様相が出現します。

しかし、その中でも何を「見つめる」のかは、自分が選択できます。

生きることが苦しい人は、何を見てもその中に苦しさしか見つめません。

しかし、どんな中にも幸福を見ることができるはずなのです。

どんな場合でも、「生きているだけでも有り難い」という原点まで視点を落とすと大丈夫です。

必ず変わっていきます。

人間は、何事も良い解釈・全肯定を徹底して生きていけば、この世は天国に見えるのも真実です。

同じ生きるならば、この方がお得です。

他人や運命などは関係なくすべては自分次第なのです。

2017年09月23日

人生も運命も、とらえ方でどうにでもなる

人生は私たち一人ひとりが、それぞれの目を通して見ている映画です。

そこに何が起こっているかは大した違いはありません。

それをどのように受け取るか、捉えるかが重要なのです。

どんなことが起こっていても、どんな出来事に遭遇しても肯定的に明るい未来が開けるように捉えていけば、結果はそのようになっていきます。

そして、常に穏やかに平安に暮らせます。

2017年09月22日

人はその心の状態に合った人生を送る


「怖れるな。怖れることは怖れることを引き寄せる」とキリストは言いました。

人間の心はその波長に合ったものを引き寄せるようにできています。

怖れは怖れを、不安は不安を、怒りは怒りを、引きつけます。

人を妬み恨む心、驕り慢心する心は、それにふさわしい事象を引き寄せます。

逆もまた真です。

常に心を善意で満たしている人は善意を引き寄せ、人に親切にしている人には親切が、感謝している人には感謝が返ってきます。

「自分は不幸だ」と、思っていると、「不幸」が引き寄せられてきます。

「自分は幸福だ」と、思っていると、「幸福」が引き寄せられてきます。

どちらでも、あなたの自由に選べます。

2017年09月21日

大人(たいじん)の徳

日々の生活の中で汚れる肉体を持ちながら、自分の良心(人の道)をまじめに守って生活することができますか?

自分の生活の中で精神を集中することができて、それでも身心は柔軟にして、赤子(あかご)のようにいられますか?

良心の鏡に恥じないような生活を、自分はしていますか?

他人や国のために陰で良いことを自分がしていても、これをあえて他人に知られないようにできますか?

この世の多くの知識を自分が持っていても、これを他人に自慢せずに控え目にいられますか?

自分が発見したり開発して大切に守り育てた色々な物事を自分のものとはせずに、これを自慢せずに、自分が取り仕切ろうとしないことができますか?

これらのことが出来ることが、大人(聖人)の徳なのです。

以上のことを、老子さんが仰っております。

2017年09月20日

すべては「善」に向かっている

この世のすべては、善いことも悪いことも含めて成長と利益をもたらすために起こっています。

自分に嫌なことが起こっても、それは決してムダではありません。

何かの昇華作用であったり、新たな成長のために 「自分に起こって(怒って)くれる」ということなのです。

すべては、善一つに向かっています。

人間が生きられるのは短い間です。

同じ生きるならば、すべてに良い解釈をすることがとても大切です。

これは幸運を呼ぶ秘訣です。