2017年01月05日

一日も休まないことが大事

心を磨くには、少しであっても毎日修行を欠かさないということが必要です。

自分が自分に課したもの、たとえば、掃除や写経、読経などなんでもいいんです。

「今日一日、今一回くらいしなくても、別に悪いこともないだろう。一日の遅れくらい、長い人生から見れば大したことはない」などと理屈をつけて、怠けたくなることもあるでしょう。

しかし、「一日も欠かさない」ということが大事なのです。

今日のみで明日はない、今日だけやると思う。今日一日、今一回は、二度と帰らない一日、一回になるのです。その功徳は計りしれません。

2017年01月04日

諦(あきら)める人を人は助けません

一生懸命に努力している姿は人の心を打ちます。なんとか手伝ってやろうという気を起こさせます。それを見ていて、その人の素質を見抜き、アドバイスする人が出てくるのです。どこで、どのような人が現われ、どのような道を提示してくれるかわかりません。

しかし、あきらめる人を人は助けないのです。

成功している人は皆、人知れぬ努力をしています。その精進が彼らの今日を築いているのです。

近い将来の運命は決まっています。自分が知らないだけです。それは因果の法則で決まっているのですが、人間の念は恐ろしいもので、それを変えて別の道に向かわせることも可能です。

つまり、自分のすぐ近くに、想像もしなかった、新しい道が現われる可能性があるのです。

それを知らずに、今やっていることをやめてしまえば、あたら機会を逃すことになります。精進を最後の段階でやめてはなりません。続けることで、新たな展開に出くわすのです。

2017年01月03日

陰徳を積めば陽報あり

人知れず善をなすことは、想像以上の力で運を変えます。

徳(善業)の積み方は、その人の運にも影響を与えますし、子供や孫などの運にも影響します。

たとえ本人が世俗的に大成功を収めても、知らずに悪業を積んで
いれば、孫が急死する、子供がぐれるなどという不幸は避けられません。

もし、このようなことが嫌いなら、徳を積み、運を変えるしかありません。そのために最も有効な方法が陰徳を積むということで、それを続ければ、必ず子孫のためにも良い結果を生むのです。

隠れて何か良いことをするというのは、決して無意味な行為ではなく、最後には自分と子孫のためになる行為だということを理解すべきでしょう。

まさに、「陰徳積めば陽報あり」なのです。

2017年01月02日

自慢しないこと

人は嫉妬するものだと心に留めておくと多くの場合に判断を過(あやま)たず、人間関係を損ないません。

もしあなたが誰かに嫉妬心を持つとするなら、その人も同じような気持ちを持っていると考えるのが妥当です。

こちらが嫉妬心を持っているのに、周囲の人が持っていないというようなことはありえません。

なんとか嫉妬心を駆り立てないように生きていくことが大切ですが、その最も簡単な方法は自分のこと自分の家族のことを自慢しないということです。

自分の素晴らしいことを知ってもらえば、相手は自分を高く評価して、色々なことがやりやすくなるだろうなどと考えるのはまったく間違いです。むしろ逆なのです。

自慢しないこと、これこそ人間関係の基本といえるでしょう。

2017年01月01日

受け入れるという習慣・・・人は皆違うのです

他人の欠点を認めましょう。他人が自分と異なることを受け入れましょう。
それは他人が私たちと顔も姿も違うのと同じです。顔、姿が違うというのは、脳も違う、考え方、感じ方も違うということです。

潔癖というのは人間関係に関する限り決してほめたことではありません。

人は皆違い、皆異なった考え、感じ方をするものだと思って人と付き合うことが人間関係をよくする上でとても必要なことです。
人を批判し、悪いことを受け入れないということは本人の純粋性を示すものでもなんでもないのです。欠点を受け入れることのほうが純粋だといえるのです。

それはきれいな心で人を受け入れるということだからです。
潔癖は心の病だと思うほうがよいでしょう。それは最後には孤独地獄に陥る病なのです。一度孤独地獄に陥ると、もはやそこからあなたを救い出す人はいません。そうならないためにも、人を受け入れるという習慣を身につけることが大事です。