2013年07月02日

一生青春、一生修養

百一歳で亡くなられた松原泰道師の座右銘は、「一生修行、臨終定年」でした。師はその通りの生涯を全うされました。

百六歳になられた「しいのみ学園」の創設者・昇地三郎さんの座右銘は「人生は挑戦」です。自分の怠け心に挑戦して自分の目標とする方向に自分を高めていく、それが生きがい、との持論どおり、挑戦の人生は続いています。

松下幸之助氏は幼少期より病弱でした、しかし九十四歳の天寿を全うされました。その松下氏も七十歳になった時、肉体の衰えを覚えるようになり、心意気に燃えて日々を送るにはどうすればよいのかを模索したといいます。その時出会ったのが、サミュエル・ウルマンの「青春」という詩でした。以下に一部のみを掲げます。


「青春とは人生のある期間をいうのではなく、心の様相をいうのだ
年を重ねただけで人は老いない
理想を失う時に初めて老いがくる
歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ
年は七十であろうと十六であろうと
人は信念と共に若く、疑惑と共に老ゆる
希望ある限り若く、失望と共に老い朽ちる」

松下氏は言う。
「身体に年を取らせても、心に年を取らせてはならない。常に青春であらねばならないと、心持ちを養うように努めている。すると、ものの考え方が若々しくなってくる。希望が次々と湧いてくる」

一生青春の人生を送る人は常に、心の工夫用心を怠らない人です。すなわち修養を怠らない人です。青春と修養は一対です、私たちもこうありたいものです。

2013年07月01日

運をつかむ

北宋時代の中国の文人で、唐宋八大家の一人と言われた蘇老泉(そろうせん)の「管仲論」に次の言葉があります。

「効の成るは成るの日に成るに非ず。けだし必ず由(よ)って起る所あり。禍の作(おこ)るは作る日に作らず。また必ず由って兆(きざ)す所あり」

人が成功するのは、ある日突然成功するわけではない。平素の努力の集積によって成功する。禍が起こるのも、その日に起こるのではない。前から必ずその萌芽があるということです。

運をつかむのもまた、同じことでしょう。

運をつかむには、運に恵まれるにふさわしい体質を作らなければなりません。言い換えれば、運を呼び寄せ、やってきた運をつかみ取るだけの実力を養わなければならない、ということです。

2013年06月30日

明るい職場(家庭)はあなたがつくる

明るい職場は社長がつくるんじゃないですよ。
一人ひとりの社員、「あなた」がつくっているんですよ。

よく未熟な人は、「うちの会社のここはこうだ」と文句をいいます。でも、その「うちの会社」というのは、「あなた」がいる会社でしょう。そこに何か問題があるとすれば、その元凶は「あなた」なんです。

だから、自分が変わらなかったら会社なんて変わらないですよ。

国も家庭も同じことだと思います。

相田みつをさんに次のような詩があります。


あなたがそこに ただいるだけで
その場の空気があかるくなる
あなたがそこに ただいるだけで
みんなのこころがやすらぐ
そんなあなたに わたしもなりたい

そういう人格、そういう人になるために私たちは学び続けていかなければなりません。

2013年06月29日

自分の使命

不運が続くのは、自分の使命と違うことをやっている証拠です。

世の中は極めてシンプルにうまくできています。自分の使命に合うことをしていると自然と道もひらけて運もよくなってきます。一方、逆に使命に沿わないことをしていると、不運に見舞われたり病気になったりするのです。

自分の使命を見極めるヒントとして長所と短所が与えられています。運のよし悪しも、これと同様、人に自分の使命を見つけさせるヒントと言っていいでしょう。

よく仕事のストレスから病気になってしまう人がいますが、これも、「今生の目的や使命と違う」ことを、一生懸命やっていることに原因があると言えそうです。

不運のみならず、病気でさえ、「あなたは、自分の使命とは違うことをやっています。だから、今やっていることはやめて、本当にふさわしい役割を見つけなさい」という神様からのお知らせ(警告)なのかもしれません。

本当に自分が得意とすること、すなわち自分の使命であれば、どんなに努力しなければならなくても、それがストレスになることはまずありません。

2013年06月28日

気持ちよい生活を送ろうと思うなら・・・

ゲーテは詩集「処世のおきて」の中で、「気持ちよい生活を送ろうと思うなら」
といって、次のように説いています。

済んだことをくよくよせぬこと。
滅多なことに腹を立てぬこと。
いつも現在を楽しむこと。
とりわけ人を憎まぬこと。
未来を神に任せること。

以上、達人の言葉は古今に不変です。