すべては心から出ています。心があって、考え、話し、行動しています。すべては心のあらわれですから、心が汚れていればすべては汚れたものになります。心がささくれだって荒れていれば、争いが起きます。心が苦しめば、どこにいても苦しい世界です。天国に行けたとしても苦しいでしょう。
逆に、心が安らかであれば、どこにいても安らかな世界になります。優しい慈しみの心があれば、すべては清らかになります。人間関係も円滑に進みます。平和な心があれば、平和な世界で暮らすことができます。
すべての発生源である心を清らかにすれば、自然に生きていけるようになります。誰と会話をしていても、その言葉は相手に対する憎しみや嫉妬、怒りの言葉にはなりません。相手を傷つける言葉ではなく、自然と他の生命に対して優しい言葉になっています。
まず優しい心を育てましょう。そうすれば、私たちの行動は優しい行動に変ります。慈しみの心さえあれば、生き方そのものが、そのまま正しい生き方になってしまうのです。
お釈迦さまは、「瞬時でも慈しみの心を育てなさい。それだけでも立派なことである」と説かれました。慈悲の心は何もせずに放っておいて生まれてくるものではありません。努力して育てていくものです。
日記カテゴリの記事一覧
2014年01月28日
2014年01月27日
心の平穏を保つ
ものごとの重要性は、自分がそれを重要であると信じるかどうかで決まります。
悩みもまたしかり、何事も深刻ではなく、たいして重要でないと思えば、ほんとうに深刻なことも、重要なこともなくなるということです。
自分の心の弱さに比例して、問題も大きく、抗し難いものになってきます。
心が強ければ問題もとるに足らないことに思えてきます。
こうしたことが、いつまでも心を平穏に保つための秘訣なのです。
悩みもまたしかり、何事も深刻ではなく、たいして重要でないと思えば、ほんとうに深刻なことも、重要なこともなくなるということです。
自分の心の弱さに比例して、問題も大きく、抗し難いものになってきます。
心が強ければ問題もとるに足らないことに思えてきます。
こうしたことが、いつまでも心を平穏に保つための秘訣なのです。
2014年01月26日
長生きしたいならイライラしない
長生きしたい人は、心の持ち方が大事であると肝に銘じましょう。
では、どんな心の持ち方をしたらよいのでしょうか?
それは、いつも平常心でいることです。平常心とは、常に平らかな心でいるということです。
ヒステリーやかんしゃくをおこさないこと、怒りやイライラにとらわれないこと、悩みや心配事を抱え込まないことです。
いつでも静かで平らかな気持ちで暮らしていくことです。
執着から解き放たれることです。
その境地で暮らして行けば、長生きし、安らかに暮らせます。
では、どんな心の持ち方をしたらよいのでしょうか?
それは、いつも平常心でいることです。平常心とは、常に平らかな心でいるということです。
ヒステリーやかんしゃくをおこさないこと、怒りやイライラにとらわれないこと、悩みや心配事を抱え込まないことです。
いつでも静かで平らかな気持ちで暮らしていくことです。
執着から解き放たれることです。
その境地で暮らして行けば、長生きし、安らかに暮らせます。
2014年01月25日
どんなことも自分を益します
どんな悲しみも肉体的な苦痛も、それが何ごともなく解消されると、もう痛みは実感できません。体験した沢山の悲しみや苦しみは、いまになってみると、みな明るい悲しみ、明るい苦しみに変わっています。もう追憶でしかないのです。
そうして、むしろそんな悲しみを過ごしたから今がある、とか、あの苦しみのおかげでこんなに得るものがあった、とさえ言えるようになっているのです。
「そのとき」にはわからないけれど、「後」になると、なるほどあれが私をつくったんだ、と思えるわけです。それが年齢を重ねるよさでしょうか。
人生には無駄というものはないもので、しかし、後にならないと、その意味がわからないということがたくさんあります。つらいことでも苦しいことでも、「体験」したことは、まちがいなくその人の強みになります。
そうして、むしろそんな悲しみを過ごしたから今がある、とか、あの苦しみのおかげでこんなに得るものがあった、とさえ言えるようになっているのです。
「そのとき」にはわからないけれど、「後」になると、なるほどあれが私をつくったんだ、と思えるわけです。それが年齢を重ねるよさでしょうか。
人生には無駄というものはないもので、しかし、後にならないと、その意味がわからないということがたくさんあります。つらいことでも苦しいことでも、「体験」したことは、まちがいなくその人の強みになります。
2014年01月24日
感謝をすれば、満たされていることがわかる
感謝がないと、何をやるにも不満が出ます。
感謝がないと、周囲の不備や不完全さばかりが目に留まり、批判的になり、幸せな感情を味わうことができません。
逆に、感謝をすれば、すでに「満たされているんだ」という面が見えます。
実際には足りないものよりも満たされているもののほうが、はるかに多いという事実に気づきます。
自分が幸せでない、うまくいってないと感じるのは、出来事や環境そのものではなくて、それに対する感謝の欠如です。
感謝がないと、周囲の不備や不完全さばかりが目に留まり、批判的になり、幸せな感情を味わうことができません。
逆に、感謝をすれば、すでに「満たされているんだ」という面が見えます。
実際には足りないものよりも満たされているもののほうが、はるかに多いという事実に気づきます。
自分が幸せでない、うまくいってないと感じるのは、出来事や環境そのものではなくて、それに対する感謝の欠如です。