2012年11月08日

人に与えた幸運は巡りめぐって必ず返って来る

ものごとは、交換あるいは回転によって成り立っています。経済の不況は、金と物との交換がうまくいかない不均衡によって起こりますが、かといって何十年も不均衡が続くわけではありません。

運も同じで、こちらが積極的に交換を望めば、必ず返ってくるものです。

「私は運に見放されている」と思う人はもともとケチで、人に何も与えていないのです。与えなければ返ってくるわけはありません。

人に与えた運はさほど目立ちませんし、たぶん返って来る運もそう大きなものではありません。しかし、長い人生で見ると、そういった小さな運のやりとりは、意外に重要なことなのです。

よく「小さな親切運動」という催しがありますが、大きな親切を見も知らぬ他人にする人は、そうはいません。小さな親切だからこそできるのですが、これを続けていけば、必ずあなたも親切を受ける幸運に恵まれるのです。

2012年11月07日

多くを持つことが幸せなのではありません

物を多く持つことは、幸福の条件のように思いがちでありますが、実は一つ持てば一つの苦しみが生まれ、二つ持てば二つの執着がともない、三つを持てば三つの迷いにさいなまれるものです。

しかも残念なことに、物が豊かになればなるほど、その豊かさとは裏腹に、人間の欲望は増大していくものです。もっと欲しい、もっと欲しいという不足感が心の貧しさを生み出し、破綻に追い込んでいくのです。

したがって、一枚一枚を脱ぎ捨てて裸になっていく時、はじめて生きているのではなく生かされている恵みを、実感させていただくことが出来るのです。

2012年11月06日

今ある状態に感謝

今、あなたが幸せを感じてない理由は一つしかありません。それは、自分にないもののことばかり考えているからです。

悲しみとは、お金や健康、愛、友達、場合によっては自由な時間といったものが十分にないと考えてばかりで、「不足の観点」から世界を見る習慣のことを言います。

一方、喜びは、「満たされているという観点」から世界を見ることを言います。喜びを感じている人々は、自分に力や才能があることを喜び、自分を人と比較しません。他の誰かの力や所有物、権力に威圧されることもありません。

喜びは自分の可能性、自分には無限の力があるという認識から生まれるのです。

悲しみは、「今の自分に不足している」という意識から生まれます。あなたはすべてを持っています。何が欠けているというのでしょうか。何も欠けてはいません。悲しみを消し去るには、自分が今持っているすべてのもの、手に入るすべてのものに感謝するといいのです。そうすれば、悲しみという幻は消えてしまうでしょう。

2012年11月05日

「今日一日」を充実して生きる

幸福な人生は、心に不安がないこと。不動の内的平安があること。そして人生がどこで打ち切られようとわが人生に何一つ欠けたものがないこと。

だからこそ、どこで打ち切られてもいいと思えるくらい「きょう一日」を充実して生きなくてはなりません。

「きょう一日」を疎かにして長く生きるためだけに努力するのは情けないことです。

五十代は五十代なり、六十代は六十代なり、七十代は七十代なり、八十代は八十代なりに、いつでもいま自分のいる年代が一番素晴らしいと思ってイキイキと生きることが大切です。

2012年11月04日

生活を簡素にしましょう

人間の真の価値は、人が追い求め、獲得しようとする物質的なものからどれだけ解放されているかによって測られます。

人生の恵みはすでにあなた自身の中にあるか、あるいはあなたのすぐ手の届くところにあります。探している宝物に気づかずにつまずいて通り過ぎる前に、真実に対して目を開きなさい。

愛と心の平安と幸福こそ真の宝物なのです。この世で最大の誤りは、金と財産があなたの人生を喜びで満たすことができるという考えです。

いかなる人もその莫大な資産のゆえに羨んではなりません。彼の荷物は彼にとってもそうであるように、あなたにも重過ぎるでしょう。あなたはそうした富を得るために、彼のように健康や心の平和、誇り、愛、静けさ、そして時には良心までも犠牲にすることはできないでしょう。払われた代価が大きいと、結局は大きな損失を出すことになるのです。

生活を簡素にしましょう。最少の物で満足する者が最も豊かなのです。