2012年10月20日

物に感謝する

必要なものが必要な時に入ってくる、平均したお金や物の入り方が一番いいんです。あんまりだぶついたら困ります。モノを頂いたり、多くを持ったりした時は、まわりに配る。自分だけ貯めておいたらそれは大変です。物に殺されちゃう。

頂くものは有難く、その物をうまく使い、生かします。要するに感謝です。

たとえば自分がやっと食べられても、食べられない人より有り難い、人よりちょっと余っていたら、ああ人より余って有り難い、なんでも物を大事にして、物に感謝すること、これが一番大事です。

2012年10月19日

勉強は若い人の専売特許ではない

多くの人は「老いたから、新しいことは学ばない」と思っているでしょうが、実際にはまったく逆で、「新しいことを学ぼうとしないから、どんどん気持ちが老いていく」のです。

ちょっとでも興味のあるものを見つけたら「役に立つか、立たないか」なんて狭い考えは捨てて、積極的に勉強しましょう。

その先には、自分でも想像もしなかった展開が待ち受けています。

勝手に、人生七十年、八十年だと決めつけて、新たな学びをシャットアウトしないようにしましょう。

2012年10月18日

足腰よりも脳を鍛えろ!

脳は「使えば使うほど進化していく」という素晴らしい機能を備えています。だから、脳を酷使することこそ、もっとも脳を長生きさせる方法なのです。

脳を酷使することこそ最も大事な健康法の一つです。

「歳をとってあまり頭を使わなくなった」
「歳をとってから、そんな難しいことを考えても仕方がない」
などと言うのは、まったくの逆効果です。そんなふうに脳を甘やかすと、脳は急速に退化していきます。

現在、106歳のf地三郎 先生はよく「足腰よりも脳を鍛えろ!」と言われます。

脳がレベルダウンしてしまったら、足腰がいくら健康でも、人生が味気なくなってしまうからです。

年齢を重ねたら、なおさら新しいことに興味を持ち、挑戦し、脳に刺激をどんどん与えていかないといけません。

もう歳だから「やらない、知らない、興味がない」というのは大問題です。
いくつになろうと、脳は刺激を求めています。

2012年10月17日

歳を重ねても、何かすることがなければいけない

人間は歳を重ねても、何かすることがなければいけません。

ある一定の歳を迎えたからといって、すべての活動を引退し、漫然と余生を過ごすなんてとんでもないことです。私たちは生きている限り、何か価値があること、社会に貢献できることをするべきです。

どんな人にも、その人なりの「社会への役立ち方」が必ずあります。
五十代の人には五十代なりに、六十代なら六十代なりに重ねてきた経験と知恵があります。

是非とも、あなたの経験と能力をフル活用して「世間の役に立つこと」をいくつになっても続けてください。

七十歳や八十歳になったからといって、人生は終わりではありません。まして、それより若い人たちには持て余すほどの時間が残っています。

「自分の人生はまだまだ続く」ということを本気で理解すれば、気持ちも前向きになり、新しいことへの挑戦意欲も湧いてきます。

いま、あなたがやるべきことは何なのか。

そのことを真剣に考え、ぜひとも一歩踏み出してください。

2012年10月16日

「老感」を持つから「老人」になる

「老感を持つ」とは、読んで字のごとく「自分が老いた」という感覚、感情を持つことです。

人は無意識のうちに「六十代とはこんなもの」「七十を越えてまで、こんなことをすべきでない」と考えてしまうものです。

「スイスへ旅行したいけれど、この歳で飛行機の長旅は厳しいか・・・」 「周囲に迷惑をかけたらどうしよう・・・」などと勝手に思い込んでしまうものです。

ですがその発想こそが一番ダメなのです。そんな「老感」を持っているから、どんどん「本物の老人」になっていってしまうのです。

歳を重ねたから老人になるのではなく、「老感」を持つから「老人」になるのです。

歳だからと理由をつけて、何もしないことが人を老人にさせてしまうのです。
「老感」なんて今すぐ捨てて、十代のような気持ちで何でも挑戦を続けるべきです。

以上のようなことを、2012年、今年8月に106歳の誕生日を迎えられ、今年も世界8カ国の32日間の講演旅行に出かけられた昇地三郎先生が仰っていました。