2014年02月08日

自分の置かれた環境に意義を見い出す

起こってくる一つひとつの出来事には、良い面も悪い面もあって、たとえ今は美しいとは思えなくても、そこに何か意味のあることを信じて生きることが大事です。

聖書の中に「運命は苛酷だが、摂理は温かい」という言葉があります。

現実がどれほど苦しくても、神は大きな摂理の中で一人ひとりを大事にされていること、自分の考えが絶対ではないということを信じ続けていく。そういうものが信仰ということです。

苦悩してこそ人は自らの内面を探究することになるし、優しくて人に安心感を与える人になれます。大切なのは、自分が置かれた環境にどれだけ大きな意義を見い出すかということなのかもしれません。

2014年02月07日

人生二度ないなんて思わないこと

自分の選んだ道は、危ないかもしれない。しかし、心配してもはじまりません。
実際、失敗したと思うことはよくあります。あのとき、もう一方の道を行っていたらと悔やむ。しかし、これがいけません。悔やむヒマがあるなら勉強だと思って、失敗までのプロセスをもう一度おさらいした方がいいのです。

失敗の原因をつかめば、次に役に立ちます。取り返しのつかない失敗、と思えることも長い人生で見たら、大したことではないということは間々あります。どんなことが起こっても「命まではとられない」と開き直って、平然としていればいいのです。

人生には思わぬ展開が開けてくるときがあるものです。
何事も悲観論で考えるから、ストレスばかり残って、いいアイデアが浮かばないのです。

人生二度ないなんて思って緊張せず楽観論で考えると、前向きにパワーを持ってものを見られます。これが大切なのです。

「まだこれだけある」と「もうこれだけしかない」の違いです。

2014年02月06日

「私は正しい」が問題をつくります

「私は正しい」という心から、怒りも嫉妬も、落ち込みも傲慢も、舞い上がりも、あらゆる感情が生まれてきます。
その心が、いろいろな問題をつくるのです。

「私は正しい」というのは、客観的に成り立たないことなのです。それは、わがままな恐ろしい思考です。しかし、みんな、「私が正しい」病に感染しているようです。

2014年02月05日

人をどうこう言えるほど立派か

自分というものは、人のことを、どうこう言えるほど立派ではありません。
「あの人はまちがっている」と指摘しても、自分がその立場になったら、同じことをする可能性があるのです。

「あの人は嘘をつく、けしからん」と言っても、自分だって不利になったりその場を逃れようとすると、思わず嘘をついてしまうんじゃないでしょうか。

「あの人は頼りにならない」と言っても、自分が同じ立場になったら、人から信頼される振る舞いができるでしょうか。

2014年02月04日

幸、不幸は自分自身の心だけが決める

「幸せ」かそうでないかというのは、環境や状況で決まるのではなく、自分自身の心だけが決められるのです。

どんなお金持ちで裕福な生活を送っていても、自分の人生は不幸だったと語る人もいれば、逆に、どんなに不安定で激動の人生を送っても満足して亡くなっていく方もいます。

七色のフィルターをかければ七色の、空色のフィルターをかければ空色の、そういう風景に見えるだけなのかもしれません。

過去の未熟な自分に対する後悔も、「これからにつながる」と思えば、直視し、認めることができます。