2016年12月25日

気の持ち方次第

不幸だとか幸福だとかいう言葉くらい、本人の気の持ち方次第のものはありません。
不幸が好きな人は不幸だし、幸福が好きな人は幸福です。

おかしな言い方ですが、不幸になるのも幸福になるのも、本人の望み次第です。
幸福にも不幸にも、自分の好き勝手になれるものです。

私たちは、いつでも、ものの考え方の方向を、絶対に明るい方向に持っていきたいものです。明るいところには元気が、暗いところには病気が必ず宿っているのです。

2016年12月24日

100時間考えるよりたった一歩の行動が人生を変える

「百聞は一見にしかず」といいますが、そのことわざには実は続きがあります。
「百見は一考にしかず、百考は一行にしかず」。

心では変化を求めているのに、考えたり想像したりしているだけでは何も変わりません。そんなときは、とにかく「行動」してみるべきです。
無理に大きく動く必要はありません。ボクシングの「ジャブを打つ」気持ちでエネルギーを送っていれば、必ず周りの何かに「作用」します。小さな行動が次の行動を呼び、波紋のように次々と変化が起こっていくでしょう。

もしもAかBかで迷ったら、少しでもメリットがあると思うほうへ動いてみましょう。
脳には「自分の行動を正当化する」働きがあるので、多少デメリットがあっても「これを選んでよかった」と思えるようになるはずです。
百回考えるより、まずは、一歩踏み出してみること、それをきっかけに新しい扉が開いて、思いもよらない世界が広がるかもしれません。

2016年12月23日

「あと少し・・・」が、口癖の人に

若い間は適度な欲望を持つことは大切ですが、歳を取っても執着しているのは見苦しいものです。天国には何も持っていけませんし、遺産がどうなるかと未練を残していくのもつまりません。結局最後はみんな捨てて、生まれたままの裸になって旅立つのが理想です。

人を羨ましいと思う気持ち、憎らしいという気持ち、悔しいと思う気持ちの三つは、若いうちは生きるためのバネになりますが、いざ人生を楽しもうと思うと邪魔になります。これをまず捨てると、気持ちはすーっと楽になりシンプルに生きられるはずです。

愛着・執着を減らしていくと、人生はずっと楽になります。

2016年12月22日

「山」が待っている・・・コツコツと続ける

アランは、「欲しいものはすべて山と同じようなもので、私たちを待っており、逃げてゆきはしない。だが、それゆえ、よじ登らなければならない」と言っています。

山とは、自分の夢であり目標です。目標を定めたら、後は山頂に向かって進めばいいだけです。神は、なんの夢も目標もない人には、何一つ与えません。絶えず夢や目標を持ち続けて、それを目指して努力し続けることが大切です。

登る山を決めたら、まず一歩を踏み出すことです。それを黙々と繰り返していれば、どんなに気の遠くなるような高い山でも、またどんなに遅々たる歩みであっても、必ず頂上に立つことができます。すべてのことは、これと同じなのです。

2016年12月21日

運命は自分持ち

不思議なもので、成功した人は「運がよかった」といい、成功しなかった人は「運が悪かった」とこぼすものです。

何が「幸運」で何が「不運」なのでしょう。

運のよい人は、「おかげ」を知り、不運の人は「他の原因」にします。
この違いはどこから生まれてくるのでしょうか。

運に恵まれた人は努力を惜しまなかった人であり、運に見離された人は、自らあきらめた人です。

その人の人生(運命)は常日頃のその人の考え方・思い・言行によって創られていきます。

神様や誰か他の人によって創られているわけではありません。

運命は自分持ちなのです。