2016年12月27日

人として生まれた幸せを思う

私たちはともすれば人生の苦しみのみに目が奪われやすいものです。また人生の不公平を恨む気持ちにとらわれやすいものです。

中国臨済宗の開祖、臨済禅師は「見ることができる目を持ち、聞くことができる耳を持ち、動かすことができる手足を持っているのに、それ以上なにが不服か」と言っておられます。

五体が満足なだけでも、大変な幸せです。

自分の持っている悪い点のみを見つめることをやめましょう。自分の恵まれた点を列記し、感謝しましょう。その第一は人として生まれてくることができたことではないですか。これ以上の幸福はありません。

これに比べれば、財産、地位、美醜などは、ほんのちょっとした付け加わりに過ぎないのです。このように考え自分の今ある状態に感謝しましょう。

2016年12月26日

してあげられる幸せ

幸せは三つあると言います。

一番目は、やってもらう幸せ。二番目は、自分で出来るようになった幸せ。三番目は人にしてあげる幸せです。

人がして欲しいことをしてあげれば喜ばれます。「してあげる幸せ」は三つの幸せの中で最高の幸せでしょう。

私たちは、いまだに「してもらう幸せ」ばかり求めて、絶えず不平不満ばかり言っています。「してあげられる幸せ」を噛みしめたいものです。

2016年12月25日

気の持ち方次第

不幸だとか幸福だとかいう言葉くらい、本人の気の持ち方次第のものはありません。
不幸が好きな人は不幸だし、幸福が好きな人は幸福です。

おかしな言い方ですが、不幸になるのも幸福になるのも、本人の望み次第です。
幸福にも不幸にも、自分の好き勝手になれるものです。

私たちは、いつでも、ものの考え方の方向を、絶対に明るい方向に持っていきたいものです。明るいところには元気が、暗いところには病気が必ず宿っているのです。

2016年12月24日

100時間考えるよりたった一歩の行動が人生を変える

「百聞は一見にしかず」といいますが、そのことわざには実は続きがあります。
「百見は一考にしかず、百考は一行にしかず」。

心では変化を求めているのに、考えたり想像したりしているだけでは何も変わりません。そんなときは、とにかく「行動」してみるべきです。
無理に大きく動く必要はありません。ボクシングの「ジャブを打つ」気持ちでエネルギーを送っていれば、必ず周りの何かに「作用」します。小さな行動が次の行動を呼び、波紋のように次々と変化が起こっていくでしょう。

もしもAかBかで迷ったら、少しでもメリットがあると思うほうへ動いてみましょう。
脳には「自分の行動を正当化する」働きがあるので、多少デメリットがあっても「これを選んでよかった」と思えるようになるはずです。
百回考えるより、まずは、一歩踏み出してみること、それをきっかけに新しい扉が開いて、思いもよらない世界が広がるかもしれません。

2016年12月23日

「あと少し・・・」が、口癖の人に

若い間は適度な欲望を持つことは大切ですが、歳を取っても執着しているのは見苦しいものです。天国には何も持っていけませんし、遺産がどうなるかと未練を残していくのもつまりません。結局最後はみんな捨てて、生まれたままの裸になって旅立つのが理想です。

人を羨ましいと思う気持ち、憎らしいという気持ち、悔しいと思う気持ちの三つは、若いうちは生きるためのバネになりますが、いざ人生を楽しもうと思うと邪魔になります。これをまず捨てると、気持ちはすーっと楽になりシンプルに生きられるはずです。

愛着・執着を減らしていくと、人生はずっと楽になります。