2014年11月14日

人として生まれた幸せ

私たちはともすれば人生の苦しみのみに目が奪われやすいものです。また人生の不公平を恨む気持ちにとらわれやすいものです。

中国臨済宗の開祖、臨済禅師は「見ることができる目を持ち、聞くことができる耳を持ち、動かすことができる手足を持っているのに、それ以上なにが不服か」と言っておられます。

五体が満足なだけでも、大変な幸せです。

自分の持っている悪い点のみを見つめることをやめましょう。自分の恵まれた点を列記し、感謝しましょう。その第一は人として生まれてくることができたことではないですか。これ以上の幸福はありません。

これに比べれば、財産、地位、美醜などは、ほんのちょっとした付け加わりに過ぎないのです。このように考え自分の今ある状態に感謝しましょう。

2014年11月13日

してあげられる幸せ

幸せは三つあると言います。

一番目は、やってもらう幸せ。二番目は、自分で出来るようになった幸せ。三番目は人にしてあげる幸せです。

人がして欲しいことをしてあげれば喜ばれます。「してあげる幸せ」は三つの幸せの中で最高の幸せでしょう。

私たちは、いまだに「してもらう幸せ」ばかり求めて、絶えず不平不満ばかり言っています。「してあげられる幸せ」を噛みしめたいものです。

2014年11月12日

気の持ち方次第でどうにでもなる

不幸だとか幸福だとかいう言葉くらい、本人の気の持ち方次第のものはありません。
不幸が好きな人は不幸だし、幸福が好きな人は幸福です。

おかしな言い方ですが、不幸になるのも幸福になるのも、本人の望み次第です。
幸福にも不幸にも、自分の好き勝手になれるものです。

私たちは、いつでも、ものの考え方の方向を、絶対に明るい方向に持っていきたいものです。明るいところには元気が、暗いところには病気が必ず宿っているのです。

2014年11月11日

百時間考えるよりたった一歩の行動が人生を変える

「百聞は一見にしかず」といいますが、そのことわざには実は続きがあります。
「百見は一考にしかず、百考は一行にしかず」。

心では変化を求めているのに、考えたり想像したりしているだけでは何も変わりません。そんなときは、とにかく「行動」してみるべきです。
無理に大きく動く必要はありません。ボクシングの「ジャブを打つ」気持ちでエネルギーを送っていれば、必ず周りの何かに「作用」します。小さな行動が次の行動を呼び、波紋のように次々と変化が起こっていくでしょう。

もしもAかBかで迷ったら、少しでもメリットがあると思うほうへ動いてみましょう。
脳には「自分の行動を正当化する」働きがあるので、多少デメリットがあっても「これを選んでよかった」と思えるようになるはずです。
百回考えるより、まずは、一歩踏み出してみること、それをきっかけに新しい扉が開いて、思いもよらない世界が広がるかもしれません。

2014年11月10日

運は自分持ち

不思議なもので、成功した人は「運がよかった」といい、成功しなかった人は「運が悪かった」とこぼすものです。

何が「幸運」で何が「不運」なのでしょう。

運のよい人は、「おかげ」を知り、不運の人は「他の原因」にします。
この違いはどこから生まれてくるのでしょうか。

運に恵まれた人は努力を惜しまなかった人であり、運に見離された人は、自らあきらめた人です。

運命は自分持ちなのです。