2014年03月29日

今に生きることが大事です

「あなたはいったい、いつの時間を生きるつもりなのでしょうか?」

ある人は過去の出来事のために、いまだにその過去の中で生きています。今の時間に生きていません。また別の人は、未来を心配するあまりに、今の時間を捨てて、心配するだけで、今の行動がありません。

要するに、今の時間軸に生きている人は、非常に少ないのです。誰もが今の中で生活しながら、違う時間軸に自分を置いています。気持ちが他の時間に飛んでしまっているのです。

これでは不注意から事故を起こしたり、仕事でミスをしたり、「心ここにあらず」で隙ができ、心の漏電から病気にもなります。

今の瞬間瞬間を懸命に生きていると、不運なことや不幸は去るものです。今の中で生きる、 今ここで生きるとは、真の幸福の極意です。

過去の聖人と言われた人物が成したことの真のエッセンスは、結局は、「今の中で生きる」ということなのです。

今の中で生きることが出来れば、その人の心は永遠性の中で生き続けます。この時には、真の幸福感というものがわかっています。

何があろうと、今の目の前のするべき仕事を懸命にしましょう。この時に、自分の気持ちを過去にも未来にも飛ばさないことが大切です。ひたすら目の前のことに生きるのです。

不運の正体は、今でない違う時間軸に飛ばしていた自分の欲望・願望などが逆にブレーキをかけていたということだったのです。

2014年03月28日

今、すでに与えられている「恵み」に感謝して生きる

今、足りないものを10個挙げつらねて、「それを手に入れるまでは不幸であり、手に入れたら幸せだ」という価値観(考え方)も、確かに存在します。

けれども、足りないものばかりに焦点をあてるのではなく、すでに与えられている99990個の「恵み」に感謝すること。

今、自分がどれほどたくさんのものに恵まれているかを思い、その、今の自分の状態に、すでに恵まれているたくさんのものに「感謝」する。

すでに恵まれている99990個のもののうち、そのいくつかにでも気がついたとき、今ある状態で、何もしなくても私たちはいくらでも「感謝」することができ、幸せになれ、穏かに暮らしていくことができます。

2014年03月27日

幸せの構造

宇宙的にすべての人が絶対的な価値を持って「幸せだ」と思えるものは、地球上には存在しません。けれども、個人がこれを「幸せだ」と思ったとき、そういうふうに決めたときに、それがその人にとっての「幸せ」になります。

つまり、「幸せ」という現象は、ひとえに個人にのみ帰属するものであって、他の人が口をはさみ、意見を言うべきものではありません。

「幸せ」はつかむものでもなく、「幸せ」になるものでもありません。

「幸せ」とは、ただひとえに「感じる」ものなのです。あることに「幸せ」を感じた人にのみ、そこに存在するのです。感じた人にのみ「幸せ」が生まれる、という構造になっているのです。

2014年03月26日

よろこび

よろこびは、たた単に与えられて私たちの人生に存在しはじめるものではありません。

それは、すでに存在する素材を見つめ直すことによって、または違った角度と視野から見ることによって創り出されるものでもあります。

つまり、どんな状況からも捉え方次第で喜びは導きだせ創り出せるということです。

2014年03月25日

「冬がきたら」・・・・坂村真民の詩(一部略)

冬がきたら

冬のことだけ思おう

冬を遠ざけようとしたりしないで

むしろすすんで

冬のたましいにふれ

冬のいのちにふれよう

冬がきたら

冬だけが持つ

深さときびしさと

静けさを知ろう

・・・・・・・・・・・・・(中略)

冬はわたしの壷である

孤独なわたしに与えられた

魂の壷である

以上


「冬」を、人生の冬である高齢期に置き換えてみると、深い味わいがあります。
人生の冬ーー高齢期に入ったら、過ぎ去った季節のことをなつかしむのではなく、また、暖房を入れて、冬の寒さをまぎらわそうとしたりしないで、むしろ進んで「冬のたましい、冬のいのち」に触れようとすることこそが、大切なのです。

その時、冬は、冬だけが持つ宝、高齢期に入ってのみ味わえる 「深さと、きびしさと、静けさ」を味わわせてくれます。

かくて高齢期は、それまでに、その人が味わったすべての経験を融和し、意味づける「魂の壷」となります。

人間は、「その青年時代は肉体で世界を捉え、壮年の時は心と知で世界を捉えるが、老年になると、魂で世界をつかまえようとする」と、言った人がいますが、本当にそうかもしれません。