2012年06月03日

気づかぬおかげ

私たちが生きていけるのは、まず空気や水や太陽の陽差しがあるからです。
このように自然の恵みのおかげで生きています。

また、この世に生まれたのは、両親のおかげであり、先祖のおかげです。
そんなところから掘り起こして考えていくと、気づかぬおかげの大きさに、感謝の念が高まります。

人は、何かのおかげや、誰かのおかげで生きています。
社会に不満を持っている人も、その社会のおかげで暮らしが成り立っています。

気づかぬものの大きさに気づかされます。

2012年06月02日

時間の使い方

人生は短くもなく、不足もしていません。人には十分な時間が与えられています。
問題は、それをどう使うかということです。

時間の使い方は、その人の責任であり、「人生が短い」と責任転換してはなりません。

「われわれは人生に不足しているのではなく濫費しているのである」
と、セネカ(ローマ時代の政治家・哲学者)も言っております。

2012年06月01日

求めない

求めない・・・すると、簡素な暮らしになる。

求めない・・・すると、いまじゅうぶんに持っていると気づく。

求めない・・・すると、それでも案外生きてゆけると知る。


以上、加島祥造氏の「求めない」から・・・

求めないということは、足るを知ることです。


現代人の心の貧困は、求め過ぎた結果ではないでしょうか。

求めない、期待しない、思わない。そうすると思いと現実のギャップに苦しむことがなくなり平穏に暮らせます。

2012年05月31日

足るを知る

立って半畳
寝て一畳
天下取っても二合半

立とうが座わろうが、半畳もあれば十分です。どんな広い部屋で寝ても、寝るスペースは一畳で足ります。たとえ天下を取っても、一日二食べられるご飯の量は二合半くらいでしかありません。

この言葉は、織田信長が「足るをしること」と慢心しないために、自戒を込めて作ったという説があります。天下取りまで、あと一歩まで迫った織田信長の言葉だと受けとめると、味わい深いものです。

2012年05月30日

後世に何を遺すか

後世に何を遺せばいいのでしょうか?

お金でしょうか?事業でしょうか?人材でしょうか?思想でしょうか?

「後世への最大遺物」という説話のなかで、キリスト教思想家の内村鑑三は、「真面目なる生涯」だと言い切ります。

これは、正義をまっとうすることです。弱い者を助けるとか、修練して品性を高めたというような「高尚なる人生を生きる」ことです。この実践こそが、最大遺物というのです。