2012年10月07日

いま、ここを充実させる

新入社員の時は苦しい。しかし、中堅になればなったで責任があって苦しい。出世しても、次の世代を育てるのは苦しい。退職したら、「今日は何をしようか」と退屈で苦しい。老いて、体が動かなくなれば苦しい。病気になればさらに苦しい。死ぬのは苦しい。

このように、生きること自体は、決して楽ではありません。苦しいのです。

お釈迦様が悟ったように、この世に生きることは苦しいものであると覚悟するしかありません。

だから大切なのは将来ではなく、「いま」の行為に充実感と喜びを感じられるか否か、ということなのです。

2012年10月06日

人生は楽しむためにある・・・「不安」になることは考えない

私たちの人生は、自分自身が楽しむためにあります。
そうであれば、どんなことが起っても、どんなことに遭っても自分の心が楽しくなるように考えていった方がいいのです。つまり、プラス思考をした方が、人生は圧倒的に楽しいのです。

起きてもないことを心配するのはやめましょう。解決策の見つからないことは考えるのをやめましょう。考えることが解決につながると、思い込んでいるときがありますが、不安になるだけでちっとも答えの出ていないときがあります。

不安になるだけだったら、考えないほうがずっといいのです。
不安な気持ちを残していると、関係ないことにイライラしたり、運の悪いことが続いたりするものです。「不安」という心にぴったりのことを引き寄せるからです。

2012年10月05日

笑顔で生きるか愚痴を言って生きるか

「人生で理不尽な出来事が起るのは当たり前のこと」と現実を受け入れて、その状況に押し潰されることなく、逆に晴れやかに、にこにこ暮らしていく。大切なのはそのことです。

私たちは問題にぶつかった時、生きる姿勢を自分で選び取ることができます。愚痴を口にせず苦しみを心の中で転がしながら笑顔で歩いていく生き方も選べます。反対に愚痴ばかり言って坂道を下降していくことも一つの選択肢です。

どんな時でも愚痴を言わない、いつも笑顔で生きていく。そう決意さえすれば、後ろから大きな温かい手で支えてくださる方はいらっしゃるものです。

2012年10月04日

最後の最後まで前向きに

「浜までは海女も蓑(みの)着る時雨(しぐれ)かな」

これを詠んだのは江戸時代の俳人、滝瓢水です。
これから海に潜(もぐ)る海女が、雨を避けるために蓑を着て浜に向かう。どうせ海に入れば濡れてしまうのに、なぜ蓑を着る必要があるのでしょうか。

浜までは濡れずに行きたい、というのが海女の気持ちなのです。
つまり人間は、少しでも自分を愛(いと)おしみ、最後まで努力を重ねていかなければならないのです。

この句の「浜」を「死}と捉えれば、一層味わいが深まります。
どうせ仕事を辞めたんだから、どうせ老い先短いんだから、と投げやりになるのが年寄りの一番よくないところです。死ぬ時までは、とにかく蓑を着る。日が照り付ければ日傘を差す。

そうして最後の最後まで前向きに、少しでも美しく立派に生きる努力を重ねていくべきではないでしょうか。

2012年10月03日

いくつになっても変化し、成長する

真に道を求める人、一流の人達はいくつになっても変化し、成長しています。四十、五十で人生がわかったように言う人は、すでに心がマンネリになっているのかもしれません。

自己自身を修め成長させることは一朝一夕にはできません。静々と人知れずやるといいでしょう。それを三十年、四十年、五十年と続けていくと、風格というものができてきます。命ある限り変化成長していくことこそ、すべての人の課題でしょう。

お釈迦さまの最期の言葉はこうです。
「すべてのものは移りゆく、怠らず努めよ」