2014年12月07日

あるがままの自分からスタートする

もしこの世で何事かをなしとげようと望むのだったら、「自分が置かれたところから出発する」ばかりでなく、「自分が持っているものを活用」しなければなりません。

私たちの多くは、「自分が置かれていないところからは出発できない」し、「自分が持たないものは活用できない」という明白な事実を決して認めようとしないのはおかしな話です。そればかりか、私たちの多くは、その説を馬鹿にしようとします。

現在あるがままの自分を受け入れることは、自分を改善するのと同じくらい重要な成功の秘訣なのです。

私たちには目の色、骨格、背丈、その他多くの変えられないものがあります。あなたは自分の体格、頭脳、容貌や「背景」にがっかりしているかもしれません。

しかしあなたが使えるのは、この肉体でありこの頭脳でありこの容貌しかないのです。もし何かしようとするなら、あなたは自分の体格や頭脳や容貌をそのまま受け入れて、それをうまく活用する以外にありません。

私たちはそれらを変えることはできませんが、素直に受け入れることで、これらを負債から資産に変えることができるのです。失敗の原因となる自分の「欠点」をいいわけにするのをやめれば、その欠点は、たいていのばあい、成功をもたらす「魅力」に変わるものなのです。

2014年12月06日

「ダメ」だと思ったら、本当にダメになる

人間は、ダメだと思った瞬間から、本当にダメになってしまいます。

「自分は大した能力はありません」「こんな人間ですからね」と謙遜しすぎるのも、かえってマイナスの印象を与えます。いつも自分を卑下することしか言わなければ、他人からも軽く見られます。

中国の古典に「自分を蔑む者は、他人からも蔑まれる」という言葉があります。人は同情できる相手など求めてはいません。一緒にいて楽しい相手、自分にとってプラスになる相手を求めているのです。

「自分には能力がない」「自分なんかダメだ」と思い込んでいる限り、運は近づいて来ません。それどころか、本来持っている能力を伸ばすことも生かすこともできずに人生を終わってしまうのです。

潜在能力を発掘し、それをうまく引き出せるかどうかは、自分の可能性を信じる力と、心に描いた自己イメージが大きく左右するのです。

自分を自分で諦めないことがとても大事です。

2014年12月05日

出会った人はすべて師である

これまでの人生で、あなたが教訓を学んだ相手はあなたを賞賛し、親切をほどこし、味方になってくれた人だけだったでしょうか?あなたを排斥し、論争した人々からも大切な教訓を学ばなかったでしょうか?人は他人とのつき合いを通して、自己を形成していきます。

「麻の中の蓬(よもぎ)は助けずして直し」という言葉があります。蓬は、曲がりくねって生える性質の木ですが、まっすぐに生える性質の麻の中に混じると、手を加えて直してやらなくとも、自然にまっすぐに伸びてゆくというのです。つまり、よい友に交われば、自分も自然にその影響を受けるということです。

現在、つき合いのある人々について、考えてみましょう。彼らはあなたにとどんな影響を与えているでしょうか?彼らと出会ったことで、あなたはどう変わったか?

もし、その中に、あなたが目的を実行するにあたって悪影響を及ぼす人がいたら、離れることです。

そして、自分にとってプラスになる人とより多くの時間を過ごすようにしたほうがいいでしょう。

どんな人間でも、学ぶべきものを持っていますが、自分の幸福の妨げになってまでつき合う必要はありません。一緒にいれば、自分も同類の人間になってしまい、チャンスもつかめません。

できれば、自分にとってプラスになる人を選ぶことです。プラスになる人というのは、人によって違いますが、自分より優れた人、自分にはないものを持っている人、そして互いに出会いをプラスにしていける人と積極的につき合うようにしたほうだいいのです。

2014年12月04日

知りたいと思ったら、実践する

勉強して知識を広げ、物事をわきまえることは大切ですが、そのままにしておかないで、自分のできることを実践していくことが肝要です。

知っていることを生かすことができないというのは、結局、生かすところまで学んでいなかったということになります。

やってみて初めて、難しい、これは自分の手に負えないということも分かります。

じゃあどうしようかと考えます。それはやってみないとわかりません。やらないで分かったような気になっていることが案外多いものです。

自分自身が感じて味わって初めて本当の意味で「知る」ことができます。人生は自分の力で知っていくしか仕方ないのです。

2014年12月03日

今をどう生きるか

死んだ後はどうなるのか?極楽はあるのか?地獄はあるのか?

お釈迦様はそのような問いは無意味だとしてお答えになりませんでした。

生きている私たちに大事なのは、「生きている今、どう生きるべきか」だけです。

そこで、こう考えましょう。世の中には少なからず悪人がいます。その人たちは、来世があろうとなかろうと罰を受けます。来世がなければ現世で逮捕されたり処罰されたりします。もし来世があれば、来世においても苦しむことになるでしょう。

いっぽう、悪いことをしない善人たちはといえば、来世がなければ天国へ行くことはありませんが、彼らはすでにこの世で幸せなのです。来世があればもちろん天国へ行けます。

このように、死後の世界があるかどうかに関わりなく、私たちは善行をするべきであることは決定されます。

今をどんなふうに生きているのか。私たちが気をつけるべきことはそこだけです。