2015年02月15日

有り難さ

物を多く持っているということが、必ずしも幸せの要素ではありません。

便利な生活についても同じことが言えます。

便利さ、安楽さも、お金や物と同じくよいものでしょうが、それらが、「当たり前」になってしまうと、ない時に、不平や不幸せの種となります。

自動ドア、エスカレーター、エレベーター等がそのよい例となります。ドアは手で開けるもの、階段は足で登り降りするものと思っていた時代には、考えもしなかった不満、愚痴が今や横行しています。

自分の手でドアを開けたくても開けられない人、階段の昇降がしたくてもできない人がいるというのに、その手足を自分がいただいていることの有り難さを忘れて、それらを使うことの面倒さを厭うのです。

ありがたいとは、有ることが難しいという気持ちなのだということを、時に思い出してみないといけません。

2015年02月14日

病気のお蔭で色々な気づきを与えられる

病まなければ捧げ得ない祈りがある

病まなければ信じ得ない奇跡がある

病まなければ聞き得ないみことばがある

病まなければ近づき得ない聖所がある

病まなければ仰ぎ得ない聖顔(みかお)がある

おお、病まなければ私は人間でさえもあり得ない

                                   (河野 進さんの詩)

2015年02月13日

幸せの素

物質主義のこの世界にあって、私たちはあまりにも、目に見えるものを追い求め、その多寡をもって幸せの尺度と考えてしまいがちです。

しかし、面倒なこと、嫌なこと、損としか思えないことの中にも、実は私たちの人生を飾る真珠をつくる尊い原料があり、人間生活を豊かにするささやかな幸せの素があることを私たちは忘れずに生きてゆかなければなりません。

2015年02月12日

愛を込めて生きる

その時、その時の自分の生活に、愛を込めて生きましょう。

時間に愛を込め、心に愛を抱いて生きていさえすれば、住むところ、境遇、仕事の性質、立場等が変わっても、それらを越えて、「自分らしく」生きてゆくことができます。

努力と祈り、謙虚で柔軟な心があれば、不可能なことはありません。

「愛がなければ、どんな偉大なことを行ったとしても無にひとしい」と聖書にあります。これは裏返してみれば、「どんなに小さなことにも愛を込めるなら、それは尊いものになる」
ということです。

他を見てうらやむことなく、置かれたところで自分らしく咲いていきましょう。

「今」という時を大切に、心を込めて生きていきましょう。

2015年02月11日

できる範囲で毎瞬ワクワクして過ごすこと

毎瞬毎瞬、一番ワクワクすることをしましょう。その瞬間に自分が何にワクワクするかを感じて、その瞬間に実行可能な一番ワクワクすることを、誠実に、完全に行いましょう。

そうすることによって、次に自分が一番ワクワクする選択肢が見つかります。

そしてその次に、またその次に、またその次にと、次々に選択肢が出てきます。

それを続けていると、たとえそれが最終的にキャリアや仕事という形をとらなかったとしても、あなたはどの瞬間もワクワクして過ごしていることになり、生涯幸せを感じて過ごせよい人生だったことになります。