2013年01月07日

「真の友」とすべき人とは・・・

乱暴な言葉を使わず、理性のある真実の言葉を語り、言葉によって人を傷つけることのない人。

「乱暴な言葉を使わない」とは、言葉に感情を出さないこと。

「乱暴な言葉を使わない」のは、それだけしっかりと自分をコントロールする力があるからです。

友としてつき合っていくには、そのような人を選ぶほうが賢明です。

真の友は、信頼できる相手でなければいけません。
「あの人の言うことは本当だろうか。いいかげんなことを言っているのではないか」と、いちいち疑ってしまうような相手とは、とても長くつき合っていくことはできないでしょう。

そのためにも真の友としてつき合っていく相手は、「理性のある真実の言葉を語る」人物であることが望ましいのです。こういう人であれば、安心してつき合っていけます。

「言葉によって人を傷つけない」のは、その人が思いやりにあふれ、心やさしい人である証です。

そういう人は言葉によって、むしろ人を励まし、勇気づけてくれるでしょう。

乱暴な言葉を使わず、理性のある真実の言葉を語り、言葉によって人を傷つけることのない人を友に持つ人は幸せ者です。

2013年01月06日

つき合っていく人を間違えてはいけません

心根の悪い人、性格の賎しい人を友にしてはいけません。

善行の人、精神が尊い人を友として交わりましょう。

つき合っていく人を間違えてはいけません。

人は知らず知らずに、その友に人間性が似てくるものです。

「誠意があり、性格がよく、また人格的にすぐれた人とつき合いなさい」 と お釈迦様は教えています。

2013年01月05日

すべての苦しみは、自我への執着から生まれる

もしあなたが、大事にあたためていた計画が挫折したり、誰かに期待を裏切られたりしたという理由で、失望を味わっているとしたら、自我に執着している証拠です。

自分の行いを後悔し、苦しんでいるとするなら、それは自我に自分を明け渡している証拠です。

自分に対する他人の態度に、屈辱や悔しさを覚え、いたたまれなく思っているとすれば、ずっと自我を大切にしてきた証拠です。

人にされたことや言われたことで傷ついているとしたら、苦痛を伴う自我の道を歩んでいる証拠です。

すべての苦しみは、自我への執着から生まれます。

2013年01月04日

幸不幸は自分自身が生み出している

人は幸不幸を自分で生み出します。自分の幸不幸を決めるのは自分自身であり、それを長続きさせるかどうかを決めるのも自分自身です。

それらのことは外から押しつけられるわけではありません。内的な状態なのです。その原因は神でも悪魔でも、環境でもありません。

「思考」なのです。それらは行為の結果であり、行為は思考の目に見える側面です。習慣化した心の姿勢が行為の進路を決定し、「しあわせ」や「不幸」という反応を生み出します。

ですから、反応の状態を変えたければ、原因となる「思考」を変えなければなりません。

2013年01月03日

あなたの主人は「自我」ですか?「真理」ですか?

もしあなたが、感情的になりやすく、依怙地で、たえず自分の目的を追求し、自分に甘く、自己中心的だとしたら、あなたの主人は「自我」です。

自分を甘やかすことをやめ、温和で優しく、他人を思いやり、いつでもわがままな自分を捨てる覚悟ができているというのなら、あなたは真理の実現を心から求めています。

あなたは金持ちになるために努力をしたり、自分が属する集団のために情熱を持って戦ったりしますか?

社会的な権力や地位を渇望したり、見せびらかすような行動をとったり、自慢話をしたりしますか?

もしそうするというなら、たとえ自分では神を信じていると思っていても、あなたの心の神は「自我」です。

「私は、金銭欲を捨て、すべての争いから手を引きました。社会的な地位を気にせず、誰の目にもとまらなくても不平はありません。自分のことばかり話すのをやめ、ひとりよがりの自惚れを持って自分を見るのもやめました」

そう言うのなら、祈りの言葉を唱えることがなくても、あなたは至高の存在と共にいます。