2017年03月08日

死に持ち去られるモノを追いかけてはならない

多くの苦しみを作り出すもの・・・少し大きな家、もう少し多めの預金残高、もう少しの名声、もう少しの評判、より以上の権力・・・。

もしあなたが、死に持ち去られてしまうものを追いかけているなら、あなたの生は決してどんな意味にも達していません。「私は生きた」とは言えず、木は開花しなかった。木には実がならなかった、ようなものでしょう。

数多くの人たちが種として生まれ、種として死んでいきます。

では、何をしなければならないのでしょうか?

より高次のものを考えること。死を越えたもの、破壊されることのないもの、不滅のもの、時を超越したものを・・・・そうすると悲しみ苦しみは起こらないでしょう。

もしあなたが究極(真理)を探究するなら、あなたの生のそれぞれの瞬間はますます平和に、穏かに、静かに、冷静に、芳香を放つようになるでしょう。

もしあなたが死によって持ち去られることのない真理を探究するなら、まさにその探究があなたの存在に新しい質をもたらすでしょう。

本当の喜びは、決して外側からはやって来ないで内側からやって来ます。

死は、ただ外側から来たものだけを持ち去ることができます。内側は永遠です。

真実はあなたが内側を見るのを、内側に向くのを、内側に同調するのを待っています。

死に持ち去られるものを追いかけないで悲しみや苦しみを消し去る真理を探究しましょう。

イエスは言いました、「真理は解放する」、と。

その真理とは、聖書から集めた真理ではなく、あなた独自の体験を通して出会った真理のことです。

2017年03月07日

あらゆることは機会を与えているだけです

あらゆることが機会です。

それを正しく受け取りましょう。あらゆる瞬間が踏み石です。失敗は成功と同じくらい、あなたが油断なくあるために役立ちます。

時たま、実際には成功よりも失敗の方が、あなたが意識的になるために役立ちます。

成功はあなたを眠りに落としてしまいます。幸福な時には人々は忘れます。幸福なら、誰も神を思い出しません。

不幸な時に、突然として想起が訪れます。

幸せな時でも、不幸せな時でも、あらゆることを、「これは単なる一つの機会である」と認識できる人は幸福です。

2017年03月06日

「思い込み」を外そう

多くの人々の思い込みの中に、「奇跡はたまにしか起こらない」「幸せであり続けることはむずかしい」という類のものがあります。また、「良いことがあれば、悪いことがある」と信じている人も多いようです。

優劣・失敗・嫌な人・嫌いなモノがあると思い込んでいます。

「このままではまずい」「〜しなくてはならない」「成果を残さなくてはいけない」「使命があるはず」と思い込んでいます。

しかし、これは単なる思い込みです。社会意識も思い込みです。

「思い込み」だと気づかないと苦しみます。「思い込み」を外しましょう。

「うまくいってない」と思ったら、見方を変えてみましょう。

2017年03月05日

至福の人には、夢も希望もありません

希望というのは楽しみではありません。希望というのは、気休めをしようとする心のトリックです。

今日は過ぎてしまったけれど、明日は何もかもうまくいくと、なんとか自分自身を納得させようとする心のトリックに過ぎません。

今日は不幸だ。が、明日は不幸ではないぞ!

人は夢みる。望みをかける。投影する。

本当の「楽しみの人」というのは「いまここ」にいるものです。彼は決して翌日のことなど考えません。翌日のことなど考える必要がないのです。

もし本当にハッピーだったら、あなたは決して過去のことなど考えない。決して未来のことなど考えない。あなたの全エネルギーがいまここを動くだけです。

至福の、幸せの、お祝いの永遠のダンスとなります。

いまここに、幸せでいること。「いまここ」で満たされているときは夢や希望は存在しません。

もしあなたに夢や希望がある時は、あなたは何か不足を感じているのです。

2017年03月04日

実践することが大切です

自分が寛大であることを知っていても、寛大さを示す何かをしなければ、それは概念に過ぎません。

自分が親切であることを知っていても、誰かに親切にしなければ、それは自意識をもて遊んでいるだけです。

思いやアイデア、知識がどんなに多くあっても、それを実行しなければ、実践しなければ何も起こりません。何の意味もありません。