2017年05月05日

物事の本質を見抜く

物事の本質を見抜くこと、そこだけじ〜っと見つめ、あとのことは気にすることはありません。

ところが、世の人はおおかた、物事の本質より、そこから派生した瑣末な、小さなことにこだわり、しまいにはそれに捉われすぎて、振り回され本来の大事なことが見えなくなってしまいます。

人の世の、もろもろのくだらないこと、取るに足りない些事はあまり考えないことです。

「コンマ以下は切り捨て」ということです。そうすればイライラすることもないし、穏かに毎日を過ごせます。

2017年05月04日

どんな状況もはじめから意味を持っているわけではありません

すべての状況は、いい意味にも悪い意味にもどちらにも捉えることができます。

自分がその中から、どんな肯定的なことを引き出せるか、という姿勢を持てば、そこから肯定的な結果を生み出すことができます。

どんな状況もはじめから意味を持っているわけではありません。

すべての状況は本質的には何の意味もないのです。「中立」 「無」なのです。

実際は、自分が与える意味によって、自分のこの肉体レベルでの現実を創っているのです。

もし他人が否定的意味を持ってあなたに何かをしても、自分がそこから肯定的なものしか見ないと決めていれば、肯定的な結果しか得られません。

2017年05月03日

自分の好きなことだけを追求しよう

世間の価値観に囚われず、また世に言う成功にも執着せず、自分の好きなことだけを追求しましょう。

そうすれば、意欲的に積極的に事に向かうエネルギーが枯渇することなく、楽しく生きていけます。

自分の好きなことを追求する人は、結果的に世間が成功と評する事を成すことができるし、意識しなくても新たな成功を積み上げていくこともできます。

自分の嫌なことは無理をしてすることはありません。世間の常識や社会通念にも振り回されないように出来るだけ自由に生きて行きましょう。

2017年05月02日

「過去」と「未来」の棚上げのススメ

将来の不安ばかりを気にしたり、過去の失敗や過ちばかりを引きずったりしていたのでは、決して幸せな人生(老後)は得られません。

将来や過去は、いったん横に置いて、今日をいかにして充実させるかを考え、実行する。また、人生の目標を明らかにして、そちらの方向へ向いて歩み出す。

老いというものは避けることができません。ならば、いかに受け入れるか。どのように考えるか。それが問われます。

老いていく自分を認めながら、少しでも世間のお役に立つことができないか、お返しすることができないか、と考えてみることです。

気のついたことがあれば、それを日課の中に組み入れるようにしてみます。そうすることで、日々の生活が充実していると感じ取れるようになります。

2017年05月01日

「欲七分」の生き方にシフトする

水をなみなみと注いだグラスを持たされたら、あなたは手ぶらのときのようにスイスイと歩けますか?

こぼしてはいけないと思う余り、とても自由に歩くことなどできません。

七分くらい水を注いだところで満足すればいいのに、「もっと入る、もっと入る」と欲張ってコップいっぱいに水を入れるから、たかがコップの水一つに、体と心の自由を奪われてしまうことになるのです。

こんなふうに、人生には、「もうちょっと」と欲張ってしまったばかりに、身動きがとれなくなることがよくあります。

あと少しと欲張ると、人は不自由になります。何事も七分くらいで満足しておくのがいいのです。

人は、年齢とともに強欲になるものですが、六十歳を過ぎたらさらに「欲六分」ぐらいに下げることがお勧めです。

食欲もそうですが、どんな欲も、満腹状態は心身の毒にしかなりません。