2013年01月20日

すべての出来事や経験は「機会」を創り出す・・。偶然などということはない

すべての出来事、すべての経験には、「機会」を創り出すという目的があります。
出来事も経験も「機会」なのです。それ以上でもそれ以下でもありません。

「悪魔のしわざ」とか「天罰」とか「神からのご褒美」まどと考えるのは間違いです。
出来事や経験は出来事や経験として起こるにすぎません。それに意味を与えるのは、私たちがどう考え、どう行動し、どう応えるかです。

出来事も経験も、私たちに引き寄せられる機会で、意識を通じて個人的、集団的に創り出されます。

意識は経験を創り出します。その意識を、私たちは向上させようとしています。
機会を引き寄せるのは、あるべき自分を創り、体験するためで、あるべき自分とは、いまの自分よりも高い意識をもった存在ということです。

宇宙は、私たちにあるべき自分を知らせ、体験させようと思って、そのために自分が創り出そうとする出来事や経験を引き寄せさせています。

2013年01月19日

人生の目的

人生の目的は、自分とは何者であるかを知ること、自分を再創造することです。

自分を知り、再創造すれば、神(宇宙)を喜ばせるし、神を褒めたたえることになります。

2013年01月18日

明日に依存して今日の充実を失っていないか?

明日ばかり追い求めて、今日(こんにち)ただいまの充実のなかった人生を悔やんではなりません。

ギリシャの哲人セネカは、「生きることの最大の障害は期待を持つということであるが、それは明日に依存して今日を失うことである」と言っています。

多くの人は、この「期待」のために、現に手元にあるものを放棄し、手元にない不確定なものを追っています。

むしろ、本来私たちは手元にある確かなものによって生きなくてはならないのに。

2013年01月17日

力耕せば、吾(われ)を欺(あざむ)かず

表題の言葉は、陶淵明の詩「移居」の最後の一節です。

労働に励んでいれば欺かれないものだ、という意味です。

努力は必ずしもそのままのかたちで成果として現われることはないかもしれません。
しかし、努力したことはかたちを変えて必ず自分に返ってきます。

無駄な努力は一つもありません。

2013年01月16日

小善を為し、小悪を為さず

社会情勢を憂えて、声高に問題点を指摘する人は数多くいます。

口先だけでいくら抽象的なことを説いても、具体的な行動が伴わなければ何の問題解決にもなりません。

たとえそれがどんなに小さな取るに足らないことであっても、よいことは即実行、悪いことは即中止。

この実行力がなければ、すべて空論に終わってしまいます。

大切なことは 「小善を為し、小悪を為さず」という精神です。