2013年03月15日

生きる知恵

現代人の不幸は、有り余る幸せを与えられているにもかかわらず、満足をしていないことです。

逆に、取るに足らない小さな苦労を自分自身で勝手に大きくしていることです。

幸せに生きるためには、大きな不幸や災難を小さく受け止め、小さな喜びを大きく膨らますことです。

かつての日本人は、無意識のうちにそういう知恵を身につけていました。

2013年03月14日

淡々と受け入れて生きる

心の不健康は、「他者を責める」か「自己を責める」か、そのどちらかによって生まれます。他者を責めれば、攻撃的になり、時には殺人を犯したり、人を傷つけたりします。自分を責めれば、ウツ状態になります。

そのどちらも、自分に降りかかる現象を否定しているところから始まります。そして、「なぜ?」「誰のせい?」と問いかけるようになります。

聖書の中に「汝、なぜか、なぜかと問いかけるなかれ」という言葉があります。よく相談や質問される方は。「なぜ、なぜ」とおっしゃいますが、問いかけた瞬間、問いや相談の形をとって、その現象を否定しています。

自分の身に降りかかってくることについて問いかける必要はありません。それはそれでよしと、そのまま受け入れて生きていくと楽なのです。

たとえば、不登校の子供がいたとき、「これは誰のせいか」と追求しはじめてしまうとキリがありません。夫が怒鳴っているから、夫婦関係が悪いから、甘やかして育てたから・・・。原因を求めても問題は解決しません。

何も責めず、現象を否定せず、そのまま受け入れてただ淡々と生きていけばそれでいいのです。

2013年03月13日

すべては心の持ち方

汚いとか美しいとか、それは、ただその人が「そう思う」だけなのです。「そう思う」から、そうなるのです。

はじめて会った時、嫌だなあと思っていても、だんだん好きになることも少なくありません。

不足不満は、もともとあるのではありません。「そう思う」から、そうなるのです。ただそうした状態があり、そうした物がある。

それに対して、ある者は不足を思い、ある者は何とも思いません。寒さそのもの、暑さそのものに、良し悪しがあるのではありません。

「そう思う」から、そうなるのです。

2013年03月12日

不干渉の法則

余計な干渉をしないということは、魂がより高い世界に向かう旅の中で精神的に進化し、自己実現を成就させるために必須のものです。

人が他の人々の人生に干渉すればするほど、その人の人生も他の人たちに干渉されることになります。

これがカルマの法則の働きです。

相手に対して、このようにすべきだと思ったり、ある基準やものの見方を持つべきだと思い込んだりすることは干渉につながります。

理想的なのは、他の人たちの個性を受け入れ、それぞれの人がそのレベルに応じて自分に必要なレッスンを受けている魂の存在であると認識することです。

自分の考えや見解を押し付けること、相手の許可を得ずに手助けをしたりアドバイスを与えたりすること、さらには相手のしていることは間違っていると思うことすらも干渉に含まれます。

「不干渉の法則」これは魂がより高い世界へ精神的進化を遂げるために必須のものなのです。

偏見を持った人や何か悪感情を抱いている人に出会った時、それを受け入れてあげましょう。なぜならそれはその人の意識のレベルが生み出した結果であり、それはすべて本人にとっての学習であるからです。

それぞれの人は、現時点での限られた知識の中で生きているのであって、自らの経験を通してのみ、精神的な態度を変えて、意識的な気づきのレベルを高めることができるからです。

2013年03月11日

「有り難い」と「あたりまえ」

「有難い」は「有ることが難しい」と書きます。「有難い」の反対語は「あたりまえ」です。

いま目の前にあること、仕事、家族、仲間、健康を「あたりまえ」だと思うと、感謝の気持ちが湧きません。感謝の気持ちが湧かないと、生きるていねいさや工夫が失われます。

目の前にあることは、あたりまえではありません。なくすと、よくわかります。なくなるのは、あっという間です。失くしてから、しまったと思っても後の祭りです。

そうならないためには、平凡に感謝。いま目の前にあること、仕事、家族、仲間、健康を「有難い」と感謝しましょう。