2012年12月28日

問題を作り出しているのは自分の心です

何か問題が起きたとき、いちいち苦労して問題を解決しようとしなくても、自分の視点を変えることで、問題そのものが消えてしまいます。

問題というものは、起きている出来事そのものではありません。
その出来事に対する解釈に不快感がともなう時に、その出来事が問題として見えてくるのです。

もしそこに不快感がなければ、その出来事は問題として認識されません。

たとえば、子供が勉強しないのが問題だという時、その親は子供が勉強しないことに、心配やいら立ちや不快感を持っているわけです。でも同じように勉強しない子の親でも、そのことに心配やいら立ちを感じなければ、勉強しないことは問題には見えません。

起きている現実は中立で、良いも悪いもないのですが、それを受け取る側の見方によって、問題にもなり、単なる事実にもなるのです。

もしあなたが問題を抱えているとしたら、それは自分の心が問題として映し出しているということです。その出来事に対して、不快感を持っているから問題に見えているのです。

それでは「不快感」というのは何なのかというと、それは、その出来事に対するあなたの立場です。あなたがその出来事に対して、被害者の立場を取っている時です。自分が被害者だと思うと、そこに不快感が生まれます。

問題を作り出しているのは自分の心です。

起きている出来事は中立であり、いいも悪いもありません。ただ起きることが、起きています。いままでもそうだったし、これからもそうです。それにもかかわらず、私たちは立場や見方によって、独自に判断し、解釈し、こういう問題が起きていますという物語を作っているわけです。そしてそれをつなげて、人生と呼んでいるのです。

2012年12月27日

すべて「いま、ここ」にある・・・一件落着!

「幸せになるために〜〜しよう」とか、
「悪いことが起きないように、〜〜をすべきだ」とか。

それはすべて、未来志向(結果志向)。

未来なんて、どこにもありません。
いつも、「いま」があるだけ。

未来志向になると、「失敗しないように」と深刻になってしまいます。
みんな、あまりにも生真面目で深刻なのは、未来志向だからなんです。

実際の話、「いまここ」には何ひとつ問題はなく、すでに私たちはすべてを得ていて、これ以上、何もいらないんですよ。

はい、一件落着。

2012年12月26日

見極める

かつてと同じような苦しみに遭っているのでしょうか。
昔と同じ悲しみの涙を流しているのでしょうか。
以前と同じ胸の痛みを抱えているのでしょうか。

そのような苦しみと悲痛の輪廻から脱したいと思うのなら、自分に起こる事柄をよく見極め、知りつくさねばなりません。

底の底まで見極めれば、そこにある一切は自分の執着の心でしかないと気づくでしょう。
それがわかれば、もはや同じ苦しみと悲しみを繰り返すことはありません。

執着を棄てなさい。

2012年12月25日

自己を楽しみなさい

外に楽しみを求めるから、自分のことがおろそかになる。
外に楽しみを求めるから、いつまでも自分の存在を楽しむことができないようになる。

自分を楽しみなさい。自分の変化と成長を楽しみなさい。
もう、外に楽しみを追わないように。

人生は短い。

外にある安易な楽しみで今をごまかさず、今から真剣に自分を育みなさい。

2012年12月24日

決して怒りを返さない

自分に対して怒ってくる人に、こちらから怒りを返してはなりません。

怒った人に怒らず、かえって静かにしていることは、悪をそれ以上増やさないことになります。

それは自分のためにも、怒っている人のためにもなります。
いわば、彼(彼女)と自分のための治療のようなものです。

それなのに、世間の人は理解できない。
怒り返すのが当然だと思い、怒らないのは愚か者だとさえ思っています。