2017年07月07日

なりたい自分を「たった今」に持ってくること

最も自分が願う最高の状態を、あなたは「いつ頃に」体験するつもりでしょうか?

人は無意識に「そんな日は来ない」とか「なんらかのアプローチのあとで」とか「いつかタイミングが来るはず」などと思っていたりします。

しかし、本気で体験したいと思っているなら、「いつ頃に」くらいは決めておかないと、永遠に体験できません。

そして、その「いつ頃に」が決まったなら、その「いつ頃に」を、「たった今」に持ってきてください。

「いつ頃に」というゴール期日を「今」にできないということは、「今はまだ情熱がない」ということなのです。

「今すぐにでも」体験してOKなことしか体験できないし、プロセスや条件も整っていきません。

いつ頃にそうなっているのか、そのゴールの波動のエネルギーを、「今ここ」に持ってきてください。

2017年07月06日

幸せはいつも自分の心が決める

幸せに生きるということは、決して苦労のないことでもなければ、物質的に豊かな生活を送ることを意味してもいません。

苦労をしたおかげで、苦労のない時にはわからなかった他人の痛みをわかることができた、と感謝する心に幸せは生まれるのです。

幸せは、いつも自分の心が決めるのです。

2017年07月05日

尊い人生とは

一生の価値は長さによって計られるものではなく、その充実度によります。

苦しみや不幸がなかった人生が、善い人生だったのではなく、苦しみや不幸にも意味が見出せた一生こそは、尊い人生なのです。

2017年07月04日

他人の過失を見るのではなく、自分を観る(自分のやったこととやらなかったことを観る)

「あの人は間違っている」 「彼女(彼)はおかしい」 「この人は仕事をしていない」と、
私たちは他人の欠点や過ちばかり見ようとします。それを生まれてから死ぬまでずっとやっています。

互いに他人を指さして 「しっかりしなさい」と言います。自分を直そうとしないで、いつも他人を直そうとします。そんなことをしていたら、いったい誰が直るというのでしょうか。

私たちは、人の過失を指摘するのが大好きです。それは他人の過失を指摘することで、「自分は正しい」と思いたいからです。

「あの人は嘘つきだ」というとき、「自分はあの人と違って正直者だ」と思うのです。自分をだまして、気分よく生きているわけです。

文明は進歩しても、人の心は古代からなかなか進歩しません。進歩しないのは、他人の過失ばかり見て、自分の心を観ようとしないからです。

他人の過失を見て、相手が悪いと言っているあいだは争いが続きます。しかし、どちらかが自分の心を観ようとすれば、そこで争いは終わるのです。

2017年07月03日

「愛」は、愛し続けるということ

愛するということは生半可なことではなく、愛し続けるということなのです。

線香花火みたいにパッパッパッと光ってしょぼんと落ちてしまう愛は、愛の名にふさわしくありません。

愛は持続するものでなければなりません。

愛は愛し続けるということを要求します。

そして、決して見返りを求めません。