2013年03月21日

本当の自分

「自分がいなくても世界は完璧に回っている」。

このとき、「私はいない」ということを完全に理解しています。

「私」はいないけれど、「私以外のすべて」が、「本当の私」として在るのです。

「本当の私」は、私というパーソナリティではなく、時空を超えた意識、いまここにある永遠の命、存在のすべてです。

この永遠の命(意識)は特別なものではなく、本来の我々全員の姿です。

誰一人例外なく、この状態が底辺にあり、その上に様々なキャラクターを重ねて、自己という名の自分を作り出しています。

その自己は肉体と同化しているので、肉体が死ねば自分も死ぬと思っています。

でも、私もあなたも死にません。私たちは、永遠の命なのです。

命が永遠に続けば、苦しみも永遠に続くような気がしますが、そうはなりません。
苦しみは時間という錯覚の中に存在し、永遠の中には悦びしかないからです。

だから正確には、「永遠の命」は「永遠に祝福された命」ということになります。

それが私たちです。

人生とは、時間という錯覚から、時間を超えた永遠という真実に目覚めるための機会なのです。

本当の自分を思い出せば、たとえこの人生で何一つ得られなくても、その人はすべてを手にしたことになります。反対に、本当の自分を思い出せなければ、たとえ世界中の富を手に入れたとしても、その人は何も得ていないのと同じです。

死がすべてを奪い去っていくことでしょう。

2013年03月20日

守護霊(ガイド)の仕事

人間がどれほど苦しんでいようとも神(宇宙)は何もしてくれません。

それらが現実でないことを知っているからです。

神々から見たら、あらゆることが「大丈夫、大丈夫」ということです。それでもやはり、仮想世界、人間の次元に立てば、そこには確実に苦悩が存在しているように感じられます。

守護霊(ガイド)という存在は、人間を様々な苦難や被害から守る役目のモノだと思われていますが、実際は、まるで違っています。

守護霊の仕事は、対象となる人間を守るのではなく、「いかにして、彼らが幻想世界にいることを気づかせることができるか」というものです。

守護霊は、その視点に立っているので、守ることばかりが人間にとっていいことではなく、
むしろ(彼らにとっては)災難だと思えることを突きつけることによって、より大きな気づきや理解が引き起こされるよう導き見守ります。

守護霊たちは、「苦難という名のハードルを乗り越える術(すべ)」を伝えようとしているのではなく、「そんなハードルなど、もともと存在していない」ということに気づいてもらおうと腐心しています。

2013年03月19日

求めよ、さらば与えられん!

現実は自分の思い、思考によって創り出されています。

多くの人々は、求めているように見えて、求めていないものばかりに目を向けています。
だから、求めていないものが与えられます。

つまり、「求める」ということがよくわかっていないということです。
「求める」ということは、その結果が「与えられる」ことが前提になった行為です。

なのに、多くの人たちはその結果を「自分で作り出そう」としてしまいます。それは「与えられる」ということへの不信でしかありません。

与えられるかどうかわからない、だから自分で結果を作り出さなければ、という宇宙(神)に対する「信頼」の欠如です。

それは、望まないものに目を向けていることになります。

思考が現実を創り出しています。

多くの人は無自覚に流された独り言(不平・不満・泣き言・悪口・文句・何かへの恐れ・保身・怒り)また、無自覚な思考によって、本当は望まない現実を自分の周りに創り出し苦しんでいます。

それを自分自身が創り出しているとは夢にも思わないで・・・・。

2013年03月18日

よい言葉に出会う、良い言葉を使う

「よい言葉に出会うことは、よい友人に出会ったのと同じである」

「出会いは人の心を広げてくれる、別れは人の心を深くしてくれる」

「出会いはありがたいが、別れがいけないものである」というような価値観を、私たちは教え込まれました。

離婚がいけないこととか、親子の別れが悲しいとか、そういうふうに教え込まれてしまったのですが、「別れは人の心を深くしてくれる」と考えると、それはそれでまたよしということになるではありませんか。その一言で、別れというものが決して悪いものではないと思えるわけです。

短い言葉によって、人は救われることがあるのです。よい一言、よい言葉は、良い友人を一人得たのと同じくらいの重さと深みを持っています。

お釈迦様は、「自分の口から発せられる言葉は、つねに温かい言葉、仏の言葉である、ということを、考えなさい」と仰っていたそうです。

言葉は素晴らしい力を持っています。言葉をバカにしないこと。荒っぽい言葉を使わないこと。そういうことの積み重ねによって、私たちはとても穏かで幸せな日々を過ごすことができるのです。

2013年03月17日

病気のおかげ

病気をすることは、考えようによってはありがたいものです。

病気をすると自分ほど不幸な者はいないと思いがちですが、考えてみれば病気をしたおかげで、今まで分からなかった感謝の気持ちや健康というものへの本当のあり方というものも分からせてもらえます。

その意味では、若いときに大きな病気を与えられた方が、かえっていいのではないかと考えることもできます。

高齢になってから大病を患うと回復力もよくありませんし、また周りで世話をする人も高齢になっている可能性が高いものです。

いずれにしても、できるだけ病気にならないで老衰で死ねることが一番です。
食べる物(過食)が病気をつくりだす一番の原因ですから、日頃から暴飲暴食を控え臓器に負担をかけないような食事を摂るように気をつけましょう。