2014年03月16日

思い込みを少なくする

世の中が自分の思い通りに運ぶことなどあり得ません。うまくいかなくて当たり前、うまくいったら有り難いと思いましょう。

世の中、「かくかく、しかじかであるべきだ」という思い込みをたくさん持てば持つほど、不自由になります。

例えば、「家族は私に優しくあるべきだ」「上司は私の立場を理解するはずだ」「私は当然感謝されるべきだ」などなど。思い込みが多いと、事実がそれにそぐわない時、苦しみも多くなります。

「優しくしてくれるにこしたことはない」「理解してくれたら、もうけもの」「感謝されたら、ありがたい」くらいに考えておくと、心が自由になります。

結局、思い込みというのは、一見、自己主張が強いようで、実はその実現において多分に、他人に依存する部分が多いのです。

世の中は決して自分の思い通りになるものではないし、いつまでもそのことなり、人にこだわっているよりも、それから自分を解放することの方が、精神衛生の上で、どれほどよいかわかりません。

世の中には、譲っても構わない、それほど懸命にしがみついていなくてもよいものがたくさんあります。

思い込みを少なくするということは、決して「いい加減になれ」ということだはなく、無駄なエネルギーを消費しないということであって、無気力になるということではなく、非生産的なエネルギーをより少なく使うということです。

2014年03月15日

幸せはいつも自分の心が決める

幸せに生きるということは、決して苦労のないことでもなければ、物質的に豊かな生活を送ることを意味してもいません。

苦労をしたおかげで、苦労のない時にはわからなかった他人の痛みをわかることができた、と感謝する心に幸せは生まれるのです。

幸せは、いつも自分の心が決めるのです。

2014年03月14日

尊い人生

一生の価値は長さによって計られるものではなく、その充実度によります。

苦しみや不幸がなかった人生が、善い人生だったのではなく、苦しみや不幸にも意味が見出せた一生こそは、尊い人生なのです。

2014年03月13日

他人の過失を見るのではなく、自分を観る

「あの人は間違っている」 「彼女(彼)はおかしい」 「この人は仕事をしていない」と、
私たちは他人の欠点や過ちばかり見ようとします。それを生まれてから死ぬまでずっとやっています。

互いに他人を指さして 「しっかりしなさい」と言います。自分を直そうとしないで、いつも他人を直そうとします。そんなことをしていたら、いったい誰が直るというのでしょうか。

私たちは、人の過失を指摘するのが大好きです。それは他人の過失を指摘することで、「自分は正しい」と思いたいからです。

「あの人は嘘つきだ」というとき、「自分はあの人と違って正直者だ」と思うのです。自分をだまして、気分よく生きているわけです。

文明は進歩しても、人の心は古代からなかなか進歩しません。進歩しないのは、他人の過失ばかり見て、自分の心を観ようとしないからです。

他人の過失を見て、相手が悪いと言っているあいだは争いが続きます。しかし、どちらかが自分の心を観ようとすれば、そこで争いは終わるのです。

2014年03月12日

「愛」は愛し続ける、ということ

愛するということは生半可なことではなく、愛し続けるということなのです。

線香花火みたいにパッパッパッと光ってしょぼんと落ちてしまう愛は、愛の名にふさわしくないと思います。

愛は持続するものでなければなりません。

愛は愛し続けるということを要求します。