2016年03月01日

100時間考えるよりたった一歩の行動が人生を変える

「百聞は一見にしかず」といいますが、そのことわざには実は続きがあります。
「百見は一考にしかず、百考は一行にしかず」。

心では変化を求めているのに、考えたり想像したりしているだけでは何も変わりません。そんなときは、とにかく「行動」してみるべきです。

無理に大きく動く必要はありません。ボクシングの「ジャブを打つ」気持ちでエネルギーを送っていれば、必ず周りの何かに「作用」します。小さな行動が次の行動を呼び、波紋のように次々と変化が起こっていくでしょう。

もしもAかBかで迷ったら、少しでもメリットがあると思うほうへ動いてみましょう。
脳には「自分の行動を正当化する」働きがあるので、多少デメリットがあっても「これを選んでよかった」と思えるようになるはずです。

百回考えるより、まずは、一歩踏み出してみること、それをきっかけに新しい扉が開いて、思いもよらない世界が広がるかもしれません。

また、良いことを知っていても何もやらなければ何にもならず、現状は変えられません。

そして真に「学んだ」と言えるのは、生活や行動が変わっているということです。

2016年02月29日

正しい仕事とは・・・

周りを幸せにするには、「自己犠牲」が必要である。

そう思っている人もいるかも知れません。しかし、それは違います。
周りの人を幸せにして、自分も幸せになる。それが鉄則であり、両立は可能です。

自己犠牲では絶対に長続きしません。野球選手は球を投げ、画家は絵を描き、職人は物をつくる。自分も幸せで、周りにいる人も幸せです。そこには自己犠牲などありません。

自分の仕事を精一杯やって、それが周りを幸せにする。もし、一生懸命やると他人が不幸になるような仕事だとしたら、それは、正しい仕事ではありません。

2016年02月28日

投げかけたモノが還って来る・・・因果の法則

この世の中には、「因果の法則」があり、自分がしたことが返ってくるブーメランのような不思議な現象があります。

自分から放たれたエネルギーは、必ずどこかでなにかしらの影響を与え、その影響を受けたものは、反響となって、放たれたところに返ってきます。

人を助けると、必ず、助けられた人から感謝の思いのエネルギーが返ってきます。そして、その感動のエネルギーによって、あなたは宇宙に「徳」を貯金することになるのです。

貯金された「徳」は、あなたがその助けを必要とするときに、すかさず送り込まれます。それはいわゆる「人徳」というもので、それがある人は、どんな場面でも助けられるようになって、よい方向に導かれることになるのです。

人を助けるというエネルギーは、かかわる多くの人の魂に感動を与え、同じように人徳のある人を増やしていくことにもなるのです。

それが有償であれ無償であれ、あなたに余力や時間があり、サポートして力になってあげたいと思えることがあれば、すぐにその人の助けになってあげましょう。お返しはたとえその人から返らなくても、別のところから思わぬかたちで必ずお返しがあります。

2016年02月27日

「好き・嫌い」という重荷を捨てる

生きている間は、「楽しいことをやろう」とか「やりたい仕事をして生きていこう」とか、そんな選択はあり得ないものと考え、やりたい仕事は見つけられないと思っておく。そんな幻を追い求める暇があったら、今できる仕事をすることです。

「やりたい仕事」ではなく、「できる仕事」をするのだ、と腹に決めてみてはどうでしょう。もし、今の自分の実力でできる仕事がないのなら、努力をして仕事ができるようになればいいのです。

人は常に変わることができます。頭の中のプログラムから「好き嫌い」の基準を取り除いてしまえば、人生は成功します。

私たちが楽しいとか苦しいとか言っている間もなく、世の中は時々刻々と変化していきます。自分自身をその変化に合わせて、そして、好き嫌いという基準を捨てて、常に行動していかなければならないのです。

2016年02月26日

来るものを「よし」として受ける

来るものをして、一応すべて来たらしめよ。

「来るもの」が時として、「人」であることもあれば、「事」であることも、「物」であることもあります。それらは必ずあなたに何かを与えるためにやって来つつあるのです。

教訓を持って来てくれることもあれば、経験を持って来てくれることもあり、富を持って来てくれることもあります。時として損失を持って来るかのように見えることもあるかもしれませんがそれを静かに受けて省みるとき、それは魂にとって必ず何らかの収穫を持って来てくれているから、決してそれを嫌ったり呪ったりしてはなりません。

すべてのものは、それを素直に受けて味わうとき、きっと何らかの益となります。

それらが損失と見えるのは、自分がある立場に固執して、ある立場からのみそれを観るからです。

人生のあらゆる経験において「絶対損失」となるものは一つもありません。