2013年08月13日

何処でも何時でも幸せで居る

どんな状況、どんな出来事、どんな日でも小さな良いことは必ず見つかります。

いつもいつも小さな喜びは見い出せます。どこでも、いつでも幸せで居られます。

悪いことばかりに意識を向けていては、人生は暗くなるばかりです。

あなたの精神が健康であるか否かを計る尺度は、どこにでも良いことを見つけられるか否かです。

2013年08月12日

いまをどう生きているか

過去が咲いている今
未来の蕾で一杯な今

これは、陶芸家・河井寛次郎の言葉です。
なんと美しい言葉でしょう、なんと人に勇気と希望を与える言葉でしょう。

しかし、この言葉は「いまをどう生きているか」について、私たちに内省を促す言葉であることも見逃してはなりません。

いみじくも、二人の聖人に次の言葉があります。

いまのあなたがいまのあなたの運命にふさわしい・・・・・・釈迦
あなたの行動はあなたの未来の予言者・・・・・・・・・・・・・キリスト

あなたは今、何を考え、どういう習慣を持ち、どういう行動をしているのでしょうか。
あなたの今があなたの未来を創っています。

2013年08月11日

正しいかどうかを探っていくだけの人生は不毛

あなたは、あなたを生きるために肉体をもらったのであって、他者の概念を生きるために生きているわけではありません。宇宙には同じものは不要だからです。

人の数だけ好みがあってよいのですから、あなたは「あなた」であってください。

正しい生き方、立派な生き方、すばらしい生き方、そんなことを追究するために生きているのではありません。

「あなた」が喜べるバイブレーションなのかどうかです。
あなたは「あなたの地球と宇宙」を創ってください。

あなたの愛すべき親であれ、子供であれ、あなた以外の他者の荷物を背負う必要はありません。でも、それが、「心底から楽しくてしかたがない!」という「バイブレーション」があなたの中に湧くのならOKです。

正しき考えを追究する窮屈な生き方から、フィーリングやバイブレーションを大切に追究する生き方へとチェンジしてみましょう。

2013年08月10日

悩みは「裁き」から生まれる

苦しみが生じるのは、必ずそこに「頭による裁き」が入ってくるときです。どちらかを「マズイ」状態だと信じているからです。ですから自分を裁くか、相手を裁いて苦しむのです。そこには必ず一方的な物差しがあります。

例えば明るい性格を良いものとし、暗い性格を悪いとする判断は、他人から教わったものです。これはかなり暴力的な裁きです。明るい、暗いと比較すること自体が悪いのではなく、比較して「裁く」ことが苦しみになるのだと言っているのです。

暗さ自体は悪いことでもなんでもありませんので、その感覚を受け入れていれば自然に抜けていきます。にもかかわらず暗さを悪者にして否定するため、エネルギーがストップされて循環しなくなるのです。

その人が暗く見えるのは、暗い性格だからではなく、感情エネルギーがまわっていないだけのことなのです。まして暗い性格だけしか持ってない人など、どこにもいません。

他者との比較ではなく、自分の中だけの「比較による裁き」もあります。過去と今を比較し、どちらかを裁く。未来と今を比較し、どちらかを裁く。という自分自身の比較による裁きです。

「昔は良かったのに、今の自分が置かれている環境はダメだ」とか、「いつか必ず未来はこうあって欲しいなぁ。でも今の状態は最悪だ」という裁き。

裁いたものはもっと強くなっていくだけです。なぜなら裁くということは否定することになるからです。
「NO !」ということですから、その状態のエネルギーに「ストップ」がかかるということなのです。宇宙(現実)の循環にストップがかかるということなのです。

どんな状態も状況も、ただ素直にあるがままで感じ、受け入れていくと、循環し流れていきます。裁いてストップをかけるから、その状態が止まるのです。現実も状況もすべては単なるエネルギーです。

勘違いしないでいただきたいのですが、たくさんの否定的な考えや裁く思いを持っていることと、その人が本質的にダメであるということはまったく別のことです。

2013年08月09日

あなたの思い込みがリアリティーを与え現実化させている

あなたが 「そうだ!」と思い込んでいるものに、あなたがリアリティーを与えて具現化しているのです。

あなたは、優劣があると思い込んでいる。
あなたは、自分の中に劣っているものがあると思い込んでいる。
あなたは、失敗があると思い込んでいる。
あなたは、嫌いな人や、嫌いなものがあると思い込んでいる。
あなたは、「このままではまずいと思う自分」があると思い込んでいる。
あなたは、「特別な個性がないとまずい」と思い込んでいる。
あなたは、「成果を残してなんぼだ」と思い込んでいる。
あなたは、「あの人が自分をひどい目に遭わせた」と思い込んでいる。
あなたは、「〜〜しなくてはならない」と思い込んでいる。
あなたは、OOこそがスゴイと思い込んでいる。
あなたは、自分の使命があると思い込んでいる。
あなたは、達成すべき偉業があると思い込んでいる。
あなたは、今以上に素晴らしいものがあると思い込んでいる。
あなたは、「あれは自分ではない」「それは自分の財産ではない」と思い込んでいる。
あなたは、あなたは、・・・・・・。
あなたは、一体何を思い込んでいるのでしょう?

この現実が、この肉体が、この息子や夫が、あの他人が「在る!」と思い込んでいる?
あなたは、あなたが思い込んだとおり、そういうリアリティーを与えたとおりの今のあなたに見えているだけです。

あなたは、神のように自由でいるのが、じつは怖いのです。あなたは、誰かと一緒でいたいのです。あなたは、個性ある独自の存在でいるのが怖いのです。だから、なるべく多くの人が声に出すことに従おうとするし、他の人への見え方が気になります。

でも、あなたは 「あなた」 でしかありません。
「あなた」が思い込んで、「あなた」がすべてにリアリティーを与えている。これは完全にあなただけの視点であり、あなただけの解釈です。

本来はファジー(あいまい)でしかないものに、あなたが、「独自のリアリティー」を与えています。それらは本来ファジーです。すべての概念がファジーであり、すべての人がファジーであり、あなたの視点から、あなたがリアリティーを与えて存在させているのです。それがあなたの個性ということです。