2014年05月21日

環境は人間を創りません

人間は、心の奥底の支配的な思いにつきしたがい、誤った行いをつづけながら、また正しい行いに努めながら、やがては、それらの果実である自分自身の外部環境に行き着くことになります。
人びとが刑務所に入ったり貧困に苦しんだりするのは、過酷な運命や環境のせいなどでは決してありません。彼らがそうなるのは、ひとえに、彼ら自身の不純な思いと利己的な願望のせいなのです。

澄んだ心を持つ人間は、たとえどんな誘惑を受けようとも、けっして犯罪に走ったりすることはありません。心の中で養われ、パワーを増した犯罪思考が、機会をとらえてそれ自身を外部に漏らしたとき、犯罪は発生します。

環境は人間を創りません。私たちの環境は、私たち自身のことを外側に漏らすのみです。

気高い思いばかりをめぐらしている人間が、邪悪な道に落ち、苦悩するなどということは決して起こりません。同様に、邪悪な思いばかりめぐらしている人が、気高い目標を達成して真の幸せを感じる、などということも絶対に起こりません。

2014年05月20日

必要・必然・ベスト

神様は生かすものは生かす、往生さすものは往生させます。神様は愛ですからその人に悪いようにはしっこない、と深く信じること。

起っていることは常にこれが今の自分に最善のことなんだと考え、どんなことも否定的に解釈しないことが大切です。

起っていることは必要があって、必然的に、ベストなタイミングで起っている。

2014年05月19日

すべての出来事、すべての経験は「機会」です

すべての出来事、すべての経験には、機会を創出するという目的があります。
出来事も経験も、「機会」なのです。それ以上でも、それ以下でもありません。

「悪魔のしわざ」とか「天罰」とか「神様からの褒美」などと考えるのは過ちです。
出来事や経験は出来事や経験として起るに過ぎません。それに意味を与えるのは、私たちがどう考え、どう行動し、どう応えるかです。

出来事も経験も、私たちに引き寄せられる機会で、意識を通して個人的、集団的に創りだされます。

意識は経験を創り出します。その意識を、私たちは向上させようとしています。
機会を引き寄せるのは、あるべき自分を創り、体験するためで、あるべき自分とは、今の自分よりも高い意識を持った存在ということです。

2014年05月18日

重要なものは何もない

本質的に重要なものは何もありません。

私たちが出来事に意味をつけ加えて、重要なものにしているのです。

世界(宇宙)はある状況を与えることはできますが、その状況が何を意味するのかを決めるのは私たちです。

私たちが選択しなければ、何事も重要なことにはならないということです。

「重要なものは何もない」という知恵を充分に理解していれば、必ず役に立ちます。

慌てずにいられます。不安からも解放されます。平穏でいられます。

2014年05月17日

難題や困難を歓迎しなさい

難題や困難を避けようとしてはいけない。難題や困難を歓迎しなさい。心から歓迎しなさい。神様からの偉大な贈り物だと思いなさい。

他との関係のなかで、そして人生で、するべきことができる栄えある「機会」だと思うことです。

困難にぶつかったとき、パートナーを敵だの対立相手だのと考えないように努力しなさい。
どんな人も、どんなことも敵だと思わないこと、それどころか問題だとも思わないことです。

すべての問題をチャンスだととらえる力を養いなさい。

チャンスというのは、「ほんとうの自分とは何かを決め、ほんとうの自分になる」チャンスです。