2016年03月06日

「当たり前」の有り難さ・・・当たり前が輝く

闇の中に置かれたがゆえに、それまで気づかなかった(知らなかった)さまざまの「明るさ」の有り難さがわかるのです。

それこそ「当たり前が輝いて」見えてくるのです。

病気、老い、苦しみ、悲しみ、辛い出来事は何らかの気づき(謙虚さ)を与えてくれる、神の恩寵であると捉えましょう。

こうした一見不幸に思える出来事が人の魂を成長させ、「当たり前」だと思っていたことに対する感謝の思い、いかに自分がこれまで恵まれていたのか、そして人の優しさなどが強く認識され人間性が高くなり、高貴な人間に生まれ変わることができるのです。

2016年03月05日

いつも楽しそうにしていましょう

人に楽しそうな顔をしてみせることは大変善いことであるばかりでなく、自分自身が愉快であることが、また自分自身にとって大変善いことをしているのです。

それは、「徳」を積んでいることになります。

第一、どんなにつまらないことがあっても、無理にでも顔つきをにこにこしていると、実際に自分の心が愉しくなってくるのです。

人間はたのしいと笑いますが、無理に笑っているとしまいにはたのしくなるのです。

だから面白くないとき程一層笑うようにすることが必要なのです。

「これは私の顔だから、勝手にふくれる権利がある」などというのではいけません。「これは私の顔だから、人が何をいおうが、外の世界に何が起ころうが、私は私の顔をたのしく笑わす権利がある」というように明るく暮らさなければなりません。

これは陰徳を積んでいることになり、後々自分に良いことばかり起こるようになっています。

2016年03月04日

世界には優しさや愛があふれている

世界には、どんな瞬間にも,やさしい言葉、やさしい行い、愛があふれています。

そのことを忘れずに、また、自分が永遠のものであることを認識できたなら、ネガティブなことばかり言う人に影響されることはなくなります。またネガティブに思える出来事・状況にも影響されなくなります。

悪や闇にばかり焦点を合わせるのではなく、常に光の方を見て生きることが幸せに生涯をを生きる秘訣です。

2016年03月03日

意外な出来事を楽しむ

人生には不安定さがつきものです。私たちは完全に安定することはできません。
「絶対の安定」というのは存在しません。それを理解すれば、不可能なことをしようとして疲労困憊する必要はなくなります。

すべてのことを前もって計画する必要はありません。物事がどういうふうに展開するかを正確に予知する必要もありません。

人生をひどく限定された想像力の枠の中に押し込めるのをやめれば、突然の出来事は楽しい驚きとなり、人生の喜びとなります。

あなたは、子供の頃に意外な楽しみを発見したときの喜びを覚えているでしょうか?「人生には不安定さがつきものだ」という事実を受け入れれば、子供の頃の喜びは大人になっても経験できることに気づくはずです。

すべての出来事、状況は「学び」を与えてくれる機会です。

2016年03月02日

十人十色・・・受け入れる(人はみな違う)

他人の欠点を認めましょう。他人が自分と異なることを受け入れましょう。
それは他人が私たちと顔も姿も違うのと同じです。顔、姿が違うというのは、脳も違う、考え方、感じ方も違うということです。

潔癖というのは人間関係に関する限り決してほめたことではありません。

人は皆違い、皆異なった考え、感じ方をするものだと思って人と付き合うことが人間関係をよくする上でとても必要なことです。
人を批判し、悪いことを受け入れないということは本人の純粋性を示すものでもなんでもないのです。欠点を受け入れることのほうが純粋だといえるのです。

それはきれいな心で人を受け入れるということだからです。
潔癖は心の病だと思うほうがよいでしょう。それは最後には孤独地獄に陥る病なのです。一度孤独地獄に陥ると、もはやそこからあなたを救い出す人はいません。そうならないためにも、人を受け入れるという習慣を身につけることが大事です。