2013年10月06日

不平不満を口にしない

多くの人は、言葉と気分というものが直接関係があるという大事なことに、正しい自覚をもっていません。絶対に消極的な言葉はつかわないこと。、否定的な言葉、悲観的な言葉は口から出さないことです。

「困った」「弱った」「情けない」「悲しい」「腹が立つ」「助けてくれ」「どうにもならん」というような言葉の充満している中に生きている私たちは、よほど気をつけないと、そういう言葉に価値のない感化を受けてしまいます。

ですから、周りがどうあろうとも、自分自身は絶対に消極的な言葉を使わないようにしなければなりません。

そこで、消極的な言葉を使わないようにするには、どうすればいいかといえば、どんなことがあっても、不平不満を口にしないことです。

不平不満が心のなかにあると、どうしてもその言葉が積極的になりません。不平不満のある人は、しじゅう上ばかり見て、下を見ません。人はみんな幸福で、自分だけが不幸な人間のように考えてしまっています。この考え方から出てくる言葉は、必ず未練であり、愚痴であり、価値のない世迷いごとだけです。

この世の中には、自分よりももっと気の毒な、哀れな人がどれだけいるかを考えてみないのです。

結局、人生は心ひとつのおきどころ、捉え方次第です。

暗い考え方でものを見れば、どんな場合でも喜びと感謝は感じられません。けれど、どんな些細なことでも感謝を先にして、喜びでこれを迎えたならば、この世界は黄金の花咲く爛漫たる喜びの花園になります。

だから、感謝を先にするということを忘れてはいけません。

2013年10月05日

日頃気をつけたいこと・・・

家はできるだけ清浄に保ち、食を正し、言霊を正し、親子の関係のあり方を正しましょう。

日本人にとっては家屋が大変重要な意味を持っています。この家屋の状態が家族の心に影響を与えます。掃除はできるだけ雑巾を使って手拭きすることが、家守りのオーラとなります。共働きなどで忙しい場合は、今日は玄関だけ、廊下だけと、どこか場所を決めて一部分だけでもするとよいでしょう。

毎日家中を掃除すると言うことはなかなかできません。
ですから、玄関の掃除、玄関ホールの床拭き、トイレ掃除だけは毎日しますと、心の中で神様とお約束しましょう。小さな事ですが、約束を守り毎日必ず続ける事を神様は喜び、認めてくださいます。

皆様も何でも良いですから、神様との約束事をお作りになられては如何でしょうか。

また、花を絶やさず、植物を配置することで、魂を癒してくれます。植物は枯れたら、また新しい物を飾ってください。

食べ物に関しては、極力加工品に頼らず、食材はできるだけ国産の物、地元の物を食べてください。そして自分で善し悪しを見抜くことができるよう、目を養わなければなりません。
店で売っているから安全だと手放しに受け入れるのは問題です。

食事は、極力手作りの物を、家族揃って感謝をこめ頂くことで家族の絆(気綱)は深まります。バラバラに食事をすれば、同じように心もバラバラになってしまうものです

2013年10月04日

動 機

動機にはたった二つしかありません。

「愛」か「恐れ」か、この二つです。

生き抜くことへの不安や恐れ、死への恐れ、何かを喪失する恐れ、自分や他者の愛を信じきれない恐れ、未来を信じられない恐れ。

動機の波動が恐れであるなら、現実もまた恐れに満ちたものになります。恐れの動機からは、すべてがジリ貧になり収縮していくだけです。

あなたの人生がうまく循環していないとき、必ずそこには恐れの動機から行動するクセが潜んでいます。

逆に、喜びと楽しさからの動機なら、すべてが発展していきます。

2013年10月03日

好きなことをしましょう

好きな事、夢中になれることに情熱を注ぎましょう。

無我夢中になっていると、氣が高まり、少々の不安やストレスなら吹き飛んでしまうものです。

好きな事に取り組んでイキイキと過ごしてください。

2013年10月02日

あなたの見方、捉え方を変えさえすれば・・・

宇宙の本質、万物の本質は中立なる「愛」です。すべての出来事、すべての体験、すべてのもの、すべての現実は・・・・、「ただそうであるだけ」です。

だから、あなた独自の定義で意味づけしてもいい自由があり、他の人も、他の人独自の定義で意味づけしていい自由があります。

百人いれば百通りの解釈があり、百人の視点があり、百人の価値観があり、百人の決めつけや意味づけや意義づけがあります。

それによって百人百様の変形され応用された現実が創られます。もともと、何も決まった定義はありません。「ただ、そうあるだけ」です。

常にこの基本を忘れないでいましょう。

そうすると、「苦しさは自分の定義から創られていた」、のだとわかってきます。今あなたが、あなたにとって不愉快な定義をしていることに気づいたら、それをいつでも自由に変更できるということです。

あなたの決めつけ、あなたの見方、捉え方、あなたの解釈や反応、あなたの視点、それらを変えることで、本当に心は自由に、楽になります。