2015年12月12日

人生の選択に不正解はありません

この世にはこれでなくてはどうしてもダメだとか、これ以外によい生き方はないなどというものはありません。

自分が勝手にそのように思っているだけなのです。

これ以外にないと思うところに間違いがあり、不幸のもとがあるのです。

人によってもって生まれた能力もあり、さまざまな縁もあります。それによって、成功したり失敗したりするので、時にはどんなに努力してもうまく行かないということもあります。

私たちが、これがよい、あれがダメだと考えるのは、私たちがそれまで与えられた情報から来たものです。しかし、その情報が必ずしも正しいとはいえません。それを確かめもしないで、これ以外に人生はないなどと思うのは間違いで、そのような考え方では幸せになることはできません。

私たちの判断はすべて私たちの心に映る外界の姿、情報によるもの、それが唯一無二の正しいものとはいえないのです。

2015年12月11日

今与えられた事に専念する

今与えられたことに意味を見いだすかどうかは、あなた以外に決めることはできません。
そこに意味を見いだし頑張れば、頑張れるし、がんばれなければ頑張れないのです。

今やっていることに専念していると自分がどんどん輝きだし魅力的な人間になっていきます。

この世の中には絶対に尊い職業などというものはありません。それを自分にとって尊いものにするかどうかは私たちの心次第なのです。

実は、意味は与えられるものではありません。私たちが意味を与えるのです。

聖書にあるでしょう。人間が創造されたのはすべてのものに名前をつけるためだと。

私たちが意味を与えてすべてのことを有意義なものに創造していくのです。

2015年12月10日

よいことも、悪いことも考えない。(不思善、不思悪)

「無門関」という禅の著書に、「不思善、不思悪」という言葉が出てきます。
これは、六祖慧能(えのう)が善の本旨は、「不思善、不思悪。よいことも、悪いことも思わないことだ」と明上座に説いたものです。

「不思善、不思悪」と示されたこの教えは禅、いや仏教の根幹をなすものです。よいことを考え、悪いことは考えるなというのが常識的な教えですが、仏教ではよいことも、悪いことも考えるな、その何も考えないところに本当の心の働きがあるのだと教えます。

悪い過去は考えないようにしましょう。それには、よいことを考えないということから始めるのです。これはよいことだから考えてよいなどと思うと、嫌なことはさらに思い出されるのです。

よいことを期待しないと心は楽になります。

2015年12月09日

受けとめ方を変えればいい

自分の苦痛も他者の苦痛も、それを減らすには、受けとめ方を変えればいいのです。

私たちは、外部の出来事を変えることはできません。

出来事は多数によって創造されており、集団的に創造されたものを個人が変更できるほど、私たちの意識は成長していません。

だから、内的な経験を変えるしかありません。これが、生きることの王道です。

2015年12月08日

常に良い方へ良い方へ導かれている、と信じる

願いが叶わなかったからといって失望したり、落ち込んだりすることはありません。

むしろ、そういうときこそ、こう考え、神様に感謝しようではありませんか。

「私に幸せになってもらおうと、神様は軌道修正を図ってくれたのだ。ありがたい」

「この願いが叶うとかえって私が不幸になると、神様が判断したのかもしれない。幸せになる道は他にあるとシグナルを送ってくれたのだ。ありがたい」

願望が叶わない方がいいと判断し、誘導したり、軌道修正を神さまが図ってくれる場合が、人生にはしばしばあります。
「神様は常に自分を最善に導いてくれている」と百パーセント信頼していましょう。