2013年07月25日

「思い込み」から自由になる

人はみんな「幸せになりたい」と思って生きています。ところが、そのためにやっていることの多くが、実は間違った「思い込み」に根ざしています。

「どうすれば幸せになれるか」という手段も、実はそれ以前に、「幸せになりたい」という思いそのものも「思い込み」なのです。

何故なら、私たちはありのままの自分で、もう既に幸せなのですから。

自分を取り巻く状況がどうであれ、いまの自分をどう感じていようと、私たちの真我は「幸せ」という質でできています。そのことを発見することが、本当の幸せへの道です。

ところが私たちは、「自分はこのままでは十分ではない」
「もっと素晴らしい自分にならなければ、幸せになれない」と信じています。「自分には何かが足りない」 「何かが欠けている」と思っているのです。

そして幸せになるために、あれやこれやと探し始めます。これこそが、「思い込み」の最たるものです。

「汝自身を知れ」というのは古代ギリシャの格言ですが、まさに、「自分自身が何者なのか」を見抜くことが、魂の旅のゴールです。

そのゴールは「いつかどこか」にではなく、「今、ここ」にあります。
すでに私たちはゴールにたどり着いているのです。

悟りとは、そして幸せとは、「すでに自分がゴールにいること」を再確認することに過ぎません。

2013年07月24日

貝原益軒に学ぶ

貝原益軒の「養生訓」というと、健康法を説いた本のように思いますが、益軒が説いているのは、人生をいかに楽しんで生きるかということです。

「人間の命は私物ではなく天地のものだから、謹んで、よく養ひて、そこなひやぶらず、天年を長くたもつべし」 というのが、益軒の根本的な考えです。

さて、例えば、養生の術についてはこう言っています。
「養生の術は安閑無事なるを専らとせず、心を静にし、身を動かすをよしとす。身を安閑にするは、かへって元気とどこほり、ふさがりて病を生ず。これをもって、四民(あらゆる職業の人)ともによくつとむべし。安逸なるべからず。これ即ち養生の術なり」

また、日常生活の中で、面倒くさがってはいけない、と教えています。
「煩(はん)を厭(いと)うはこれ人の大病なり。これ人事の廃(すた)れ緩(ゆる)み、功業の成らざる所以(ゆえん)なり」 (「慎思録」)

面倒くさがらず、勤勉に努めないと事業は成功しない、ということです。

現代に生きる私たちも自戒しなければならない言葉です。

2013年07月23日

人の価値とは・・・

真実を言えば、人の価値とは、いままで何を獲得してきたか、何を達成してきたかではありません。また、この先何をするか、何を成し遂げるかでもありません。

そこに自分の価値を求め続けるかぎり、必然的に、自己否定感との終わりなき孤独な戦いに身を投じることになります。

獲得に失敗すれば、落ち込みます。成功しても、「評価」を維持するために次なる戦いに身を投じなくてはなりません。苦しい戦いが果てしなく続いていきます。

そんなところに、私たちの本当の価値はありません。

人の価値とは、「まさに今、どのような自分で在るのか」だけです。
自分に対して、他者、社会、宇宙に対して、まさにいま、どのような自分であるのか。

ただもう、それだけなのです。

2013年07月22日

自分が輝ける道を見つける・・・人生に失敗はない!

私たちは、何かの天才かもしれません。まだ自分で気づいていなかったり、世の中であまり必要とされていない分野なだけです。

世の中、選択肢は無限にあるんです。何かやって、うまくいかなかったら、興味の向くままに他の道に移ればいいだけです。自分に合った道を選べばいいだけです。敗北感を持つことなんてないんです。

人生に失敗などありません。起きている現象はすべてプロセスであり、結果ではありません。もし失敗があるとしたら、それは、自分を「失敗者だ」と思ってしまったそのことです。

失敗は、外側の世界ではなく、内側の世界で起こることなのです。
そして内側の世界は、誰の助けを借りることなく、時間が過ぎるのを待つことなく、瞬時に変えられます。

もし今、あなたが自分をそんな否定的イメージで見ているとしたら、今すぐに変えてしまいましょう。自己イメージを創り上げているのは、ほかならぬ自分自身だと気づくことがその第一歩です。

2013年07月21日

簡素に生きる

私たちはよく、「何と何さえあれば幸福になれるのだが」などと言います。しかし、いくら多くの欲望が満たされても、それで幸福になれるかと言えば、決してなれません。

物は、持てば持つほど、さらに新しい欲が湧いてきます。

簡素に生きることを学びなさい。