2013年08月14日

ただ、そうあるだけ

「あの人に叱られた」「あの人に嫌われた」「あの人にハメられた」「あの人にフラれた」それは本当に事実なのですか?

実は、それはあなただけの定義づけであり、あなただけの個人的な世界、個人的な宇宙の中だけの話なのです。

すべての出来事、すべての体験、すべてのもの、すべての現実は・・・・。

ただ、そうあるだけです。宇宙の本質、万物の本質は中立なる愛なのです。

だから、あなた独自の定義で意味づけしてもいい自由があります。他の人も、他の人独自の定義で意味づけしていい自由があります。

100人いれば100通りの解釈があり、100人の視点があり、100人の価値観があり、100人の決めつけや、意味づけや、意義づけがあります。それによって百人百様の変形され応用された現実が創られます。

常にこの基本を忘れないでください。そうすると、苦しさは自分の定義から創られていたことがわかってきます。ただ、そうであるだけのことを、あなたが勝手に決めていい自由を手にしているということです。

逆に言えば、今のあなたにとって不愉快な定義をしていることに気づいたなら、それをいつでも自由に変更できるということです。

あなたの決め付け、あなたの見方、あなたの解釈や反応、あなたの視点、それらを変えることで、本当に心が自由に楽になります。

「私ってダメな人間なんです」「それってむずかしいですね」「なかなかうまくいきません」
「あの人はそういうヒドイ人なんです」「世の中って一般的にこうじゃないですか?」

あ〜、なんてたくさんの定義づけや意味づけがあるのでしょう。
他でもない、あなたがそれを行っているだけなのですが。

でも事実は、すべてが、「ただ、そうあるだけ」です。この中立な定義は、あなたを癒してくれるはずです。あなたを楽にしてくれるはずです。

あなたは、この定義を知っているだけで、今後はもう被害者にも加害者にもならなくて済むのです。

2013年08月13日

何処でも何時でも幸せで居る

どんな状況、どんな出来事、どんな日でも小さな良いことは必ず見つかります。

いつもいつも小さな喜びは見い出せます。どこでも、いつでも幸せで居られます。

悪いことばかりに意識を向けていては、人生は暗くなるばかりです。

あなたの精神が健康であるか否かを計る尺度は、どこにでも良いことを見つけられるか否かです。

2013年08月12日

いまをどう生きているか

過去が咲いている今
未来の蕾で一杯な今

これは、陶芸家・河井寛次郎の言葉です。
なんと美しい言葉でしょう、なんと人に勇気と希望を与える言葉でしょう。

しかし、この言葉は「いまをどう生きているか」について、私たちに内省を促す言葉であることも見逃してはなりません。

いみじくも、二人の聖人に次の言葉があります。

いまのあなたがいまのあなたの運命にふさわしい・・・・・・釈迦
あなたの行動はあなたの未来の予言者・・・・・・・・・・・・・キリスト

あなたは今、何を考え、どういう習慣を持ち、どういう行動をしているのでしょうか。
あなたの今があなたの未来を創っています。

2013年08月11日

正しいかどうかを探っていくだけの人生は不毛

あなたは、あなたを生きるために肉体をもらったのであって、他者の概念を生きるために生きているわけではありません。宇宙には同じものは不要だからです。

人の数だけ好みがあってよいのですから、あなたは「あなた」であってください。

正しい生き方、立派な生き方、すばらしい生き方、そんなことを追究するために生きているのではありません。

「あなた」が喜べるバイブレーションなのかどうかです。
あなたは「あなたの地球と宇宙」を創ってください。

あなたの愛すべき親であれ、子供であれ、あなた以外の他者の荷物を背負う必要はありません。でも、それが、「心底から楽しくてしかたがない!」という「バイブレーション」があなたの中に湧くのならOKです。

正しき考えを追究する窮屈な生き方から、フィーリングやバイブレーションを大切に追究する生き方へとチェンジしてみましょう。

2013年08月10日

悩みは「裁き」から生まれる

苦しみが生じるのは、必ずそこに「頭による裁き」が入ってくるときです。どちらかを「マズイ」状態だと信じているからです。ですから自分を裁くか、相手を裁いて苦しむのです。そこには必ず一方的な物差しがあります。

例えば明るい性格を良いものとし、暗い性格を悪いとする判断は、他人から教わったものです。これはかなり暴力的な裁きです。明るい、暗いと比較すること自体が悪いのではなく、比較して「裁く」ことが苦しみになるのだと言っているのです。

暗さ自体は悪いことでもなんでもありませんので、その感覚を受け入れていれば自然に抜けていきます。にもかかわらず暗さを悪者にして否定するため、エネルギーがストップされて循環しなくなるのです。

その人が暗く見えるのは、暗い性格だからではなく、感情エネルギーがまわっていないだけのことなのです。まして暗い性格だけしか持ってない人など、どこにもいません。

他者との比較ではなく、自分の中だけの「比較による裁き」もあります。過去と今を比較し、どちらかを裁く。未来と今を比較し、どちらかを裁く。という自分自身の比較による裁きです。

「昔は良かったのに、今の自分が置かれている環境はダメだ」とか、「いつか必ず未来はこうあって欲しいなぁ。でも今の状態は最悪だ」という裁き。

裁いたものはもっと強くなっていくだけです。なぜなら裁くということは否定することになるからです。
「NO !」ということですから、その状態のエネルギーに「ストップ」がかかるということなのです。宇宙(現実)の循環にストップがかかるということなのです。

どんな状態も状況も、ただ素直にあるがままで感じ、受け入れていくと、循環し流れていきます。裁いてストップをかけるから、その状態が止まるのです。現実も状況もすべては単なるエネルギーです。

勘違いしないでいただきたいのですが、たくさんの否定的な考えや裁く思いを持っていることと、その人が本質的にダメであるということはまったく別のことです。