2014年01月30日

苦痛はなぜ現われるか

人は苦痛を敵と見なします。けれども、決して苦痛は敵ではありません。苦痛は自己の生命が当たり前の道を歩まないで正道を踏みはずして間違った道を歩んでいることを知らせてくれる信号です。

それは私たちの忠実な信号手であり、自分が人たるの道を再び歩むように警告してくれる天の使いです。私たちが正道(神)を忘れて、自分の勝手次第のことをやっているときに再び自己を反省させて正道(神)の方へ心を振り向けさせてくれるのが苦痛なのです。

無常のものを常住のものと思い、朽ち果つべきものを永遠のものと思い、ただの幻に過ぎないものを実在だと思って、それらに執着していた心を一変させ、無常を無常とし、幻を幻とし、朽ち果つべきものを朽ち果つべきものと悟らせて、本当に常住なもの、金剛不壊(こんごうふえ)なものに心を振り向けさせてくれるのが苦痛なのです。

2014年01月29日

要らない人はいません

たとえ病気や老齢のために、人手がかかり、この人が生きていなければどんなに楽になるだろう、と思うように見えた人でも、その人の「困った存在」が「困らされた人」にさまざまなことを教えていくのです。

しかし、私たちは、困らされている時には、そんなことをとうてい承服できません。それがわかるのはずっと後になってからなのです。


2014年01月28日

慈しみの心

すべては心から出ています。心があって、考え、話し、行動しています。すべては心のあらわれですから、心が汚れていればすべては汚れたものになります。心がささくれだって荒れていれば、争いが起きます。心が苦しめば、どこにいても苦しい世界です。天国に行けたとしても苦しいでしょう。

逆に、心が安らかであれば、どこにいても安らかな世界になります。優しい慈しみの心があれば、すべては清らかになります。人間関係も円滑に進みます。平和な心があれば、平和な世界で暮らすことができます。

すべての発生源である心を清らかにすれば、自然に生きていけるようになります。誰と会話をしていても、その言葉は相手に対する憎しみや嫉妬、怒りの言葉にはなりません。相手を傷つける言葉ではなく、自然と他の生命に対して優しい言葉になっています。

まず優しい心を育てましょう。そうすれば、私たちの行動は優しい行動に変ります。慈しみの心さえあれば、生き方そのものが、そのまま正しい生き方になってしまうのです。

お釈迦さまは、「瞬時でも慈しみの心を育てなさい。それだけでも立派なことである」と説かれました。慈悲の心は何もせずに放っておいて生まれてくるものではありません。努力して育てていくものです。

2014年01月27日

心の平穏を保つ

ものごとの重要性は、自分がそれを重要であると信じるかどうかで決まります。

悩みもまたしかり、何事も深刻ではなく、たいして重要でないと思えば、ほんとうに深刻なことも、重要なこともなくなるということです。

自分の心の弱さに比例して、問題も大きく、抗し難いものになってきます。

心が強ければ問題もとるに足らないことに思えてきます。

こうしたことが、いつまでも心を平穏に保つための秘訣なのです。

2014年01月26日

長生きしたいならイライラしない

長生きしたい人は、心の持ち方が大事であると肝に銘じましょう。

では、どんな心の持ち方をしたらよいのでしょうか?

それは、いつも平常心でいることです。平常心とは、常に平らかな心でいるということです。

ヒステリーやかんしゃくをおこさないこと、怒りやイライラにとらわれないこと、悩みや心配事を抱え込まないことです。

いつでも静かで平らかな気持ちで暮らしていくことです。

執着から解き放たれることです。

その境地で暮らして行けば、長生きし、安らかに暮らせます。