2017年12月12日

「観念」や「思い込み」に気づく

私たちは物事をあるがままに見ているのではありません。

「観念」や「思い込み」という眼鏡を通して見ています。

このことを常に認識していれば、私たちは傲慢になることはありません。

ところが、自分はありのままに見ているつもりでいるので、あの人はいい人だ、悪い人だとか、これは正しい、これは間違っているとか、そうやって判断して裁いてしまうのです。

自分がそういう「眼鏡」をかけていることに気づけば、その眼鏡の形によってその判断が出来ていることに気づけば、そこに傲慢さは少なくなるはずです。

私たちは朝から晩まで、ひっきりなしで人を評価したり、判断したり、批判したり、いいとか悪いとか言ったりしています。もちろん心の中で、ずっとやってるんです、無意識に。

それが実は、観念から作り出されているんだってことがわかれば、少しは謙虚になります。

もう少し柔軟性を持って、出来事を見る態度が出来てくると思います。

観念に固まってしまうと、白か黒かみたいになってよくありません。

何が言いたいのかと言えば、要するに「苦しみ」というのは、その人の観念の強さ、思い込みの強さだってことです。

「こうだっ!」って決めてしまうわけですから、何が起きているかではなく、何が起きていようと、それを見る自分の態度によって、私たちの感情は決まってくるわけです。

現実をどのように見るかによって、その人の結果が決まるのです。

2017年12月11日

評価の結果は一人ひとりの価値観が作り出している

私たちがいかに自分の見たいように見て、聞きたいように聞いているか。

これは想像以上です。

私たちは先入観の塊りみたいなものです。

思い込みの束、観念の束みたいなものです。

一人の人間に対しても、百人いたら、百通りの評価があると思います。

ある人物について、個々の眼鏡、その眼鏡に合えば「素敵」ですが、合わなければ「ひどい」わけです。

対象への評価というのは、現実そのものが作っているのではなくて、その事象(人物)を見た私たち一人ひとりの価値観が作りだしているのです。

要するに、人それぞれ何にせよ見方(捉え方)が違うということです。

2017年12月10日

問題を創っているのは自分の心

何か問題が起きたとき、いちいち苦労して問題を解決しようとしなくても、自分の視点を変えることで、問題そのものが消えてしまいます。

問題というものは、起きている出来事そのものではありません。

その出来事に対する解釈に不快感がともなう時に、その出来事が問題として見えてくるのです。

もしそこに不快感がなければ、その出来事は問題として認識されません。

たとえば、子供が勉強しないのが問題だという時、その親は子供が勉強しないことに、心配やいら立ちや不快感を持っているわけです。でも同じように勉強しない子の親でも、そのことに心配やいら立ちを感じなければ、勉強しないことは問題には見えません。

起きている現実は中立で、良いも悪いもないのですが、それを受け取る側の見方によって、問題にもなり、単なる事実にもなるのです。

もしあなたが問題を抱えているとしたら、それは自分の心が問題として映し出しているということです。その出来事に対して、不快感を持っているから問題に見えているのです。

それでは「不快感」というのは何なのかというと、それは、その出来事に対するあなたの立場です。あなたがその出来事に対して、被害者の立場を取っている時です。自分が被害者だと思うと、そこに不快感が生まれます。

問題を作り出しているのは自分の心です。

起きている出来事は中立であり、いいも悪いもありません。

ただ起きることが、起きています。いままでもそうだったし、これからもそうです。

それにもかかわらず、私たちは立場や見方によって、独自に判断し、解釈し、こういう問題が起きていますという物語を作っているわけです。そしてそれをつなげて、人生と呼んでいるのです。

2017年12月09日

すべて「いま、ここ」にある・・・はい一件落着!

「幸せになるために〜〜しよう」とか、

「悪いことが起きないように、〜〜をすべきだ」とか。

それはすべて、未来志向(結果志向)。

未来なんて、どこにもありません。

いつも、「いま」があるだけです。

未来志向になると、「失敗しないように」と深刻になってしまいます。

みんな、あまりにも生真面目で深刻なのは、未来志向だからなんです。

実際の話、「いまここ」には何ひとつ問題はなく、すでに私たちはすべてを得ていて、これ以上、何もいらないんですよ。

はい、一件落着。

2017年12月08日

この世で現実を創る最強のものは?

ばかげた「恐れ」にかまうよりも、「今」、実体験したいことにフォーカスしましょう。

実は、私たちの肉体は、相当に疲れないようにできています。普通に仕事をこなすことや、多少のオーバーワークでもそう疲れません(遊んでいるときの肉体を思い起こしてください)

では、なぜ疲れるのでしょうか?なぜ、こんなにもストレスがかかりすぎるのでしょうか?

それは、「思考」を「かまいすぎる」ことによるのです。考えに執着しすぎて、脳の回路のエネルギー消費がものすごいことになっているからです。

本来、思考はいじくりまわす必要がないのです。重要かつ必要な宇宙の思考は、頭をひねらなくてもあなたの心が静寂なときに勝手に来ます。あなたが握りしめてしまう頭の思考は、単なる「思い込み」の繰り返しですから、万能でもないし、完全ではありません。

だから、宇宙の思考(直感)にゆだね、頭は降参し、ギブアップしてください。

考えたところで、結果は同じ。あなたが意図したことしか起こってきません。

意思、意図、決意、それしか必要がありません。あとは「降参」してください。

さて、ここで、表題の「この世で現実を創る最強のものは?」

の答えですが、それは、「あなたの決意」です。あなたが創造主だからです。