2017年08月05日

小さな日々の恵みと豊かさに感謝しましょう

どんな小さな恵み、小さな小さな豊かさ、贈与、または小さな幸福にせよ、それに対して純粋な心で感謝しましょう。

大きな恵福であるから感謝し、日常の小さな恵福であるから感謝しないというのでは、その人の心は現象的分量にと捕らわれ、取引根性、打算根性に陥ってしまっているのです。

分量を見ないで、その恵みの奥にある神の愛を見なければなりません。そして感謝の念を起こすとき、自分の心が浄(きよ)まるのです。

常に感謝しましょう。豊かにして幸福なる世界(天国)は既にあるのです。

2017年08月04日

自分が選ぶ言葉と解釈が現実を創造している

たとえば、何かをやって期待通りの結果にならなかったとします。それを「失敗した」と思えば、それは失敗になります。「自分がダメだからだ」と思えば、自己評価は下がります。

でも、「いい経験をした」と思えば、いい経験になります。「自分はベストを尽くした、よくやった」と思えば、自己評価はポジティブなのもになります。

「どういう言葉で、出来事を説明するか」は、自分が「どう解釈するか」であり、それが現実を決めていきます。人はその現実を抱えて生きていくことになります。

実際は、出来事そのものには意味はなく、ただ起きることが起きているだけで、「いい」も「悪い」もなく、中立です。

ちょっと実験をしてみましょう。

まず、いかに自分が不運で、悲劇的で苦しい人生を送ってきたかを言ってみてください。

ーーーこれは誰でも言えますね。

次に、自分がいかに恵まれて、ラッキーな人生だったか言ってみましょう。

ーーーこれも誰でも言えるんです。

このように同じ人生に対して、どちらでも言えます。

では、どっちの人生がいいですか?

実は、その解釈の選択が、未来を決めていきます。

それが自己イメージに重なってくるからです。そして、人は自己イメージに応じた現実を引き寄せ、創造していくのです。

2017年08月03日

与えれば与えられる・・・出したものを受けとる

「与えれば与えるほど与えられる」という法則は、あなたが信じようと信じまいと、知ろうと知るまいとそんなことに関係なく、あなたの生活にいつもその法則は行われて(働いて)います。

引力の法則があることを知ろうが知るまいがリンゴが上から下に落ちるのと同じように、どこにでも行われているのです。

もしあなたが欲しい物を得ることが出来なかったならば、それは誰の罪でもありません。あなたが他の人の欲しいものを与えたことがなかったか、与えることが少なかったに過ぎません。

もし私たちが他から与えられる事が少なければ自身が他に与えたことが少ないことを恥なさい。

私たちは他から与えられることを考えるよりも、他にどうしたら与え得るか。どうしたらサービスが完全に出来るか、そのことばかり一生懸命考えるようにしたらよいのです。

2017年08月02日

弱点や欠点が幸福の種になる

何か欠点や弱点がある人、あるいは、それをいつも意識している人は、ある意味で幸福かもしれません。

「一病息災」という言葉のとおり、「体に何か悪いところのある人は、体をいたわるので、長生きする。徹夜をしても、びくともしない人の方が、かえって危ない」ということがあります。

自分の欠点や弱点を、四十になっても五十になっても意識している人は、あまり無理をしませんし、やはり、成長の余地があります。

人は悩みの種として持っているものが幾つかあるでしょうが、それはまた、自分を励まし、育てる種でもあるのだと考えたほうがよいのです。

たいていは、現在いちばん使えている能力の対極にあるものが、将来において、自分を励まし、育てるものになります。

2017年08月01日

悪口、噂話はやめましょう

人の欠点を見ている限り、あなたの心は楽しくなれません。

私たちの心は自由ですから美点を見ることも欠点を見ることもできます。

しかし、私たちは他人の欠点を見ることによって自己処罰されて、自分が苦しくなるのです。

「あいつは悪い」と思うことは一種の攻撃精神であるから、他人に対する「攻撃精神」は自分の方へ反転して来て、自分を害することになるのです。

弾丸はまずみずから薬きょうを破壊してから相手に到達します。

他人の悪事を見たとき、悪事を語ったとき既に自己は罰せられているのです。