2014年10月30日

すべては「学び」のために

「喜」 「怒」 「哀」 「楽」、「生」 「老」 「病」 「死」、「喜ばしい出来事」
「悪と思える出来事」などなどには、すべて「学び」があり、「気づき」があります。

宇宙には、「良い出来事・良い事象」、「悪い出来事・悪い事象」という区別はありません。

すべては、「学び」を創りだして、「機会」を与えてくれているだけです。

すべては体験者・観察者の解釈次第です。

2014年10月29日

ガンバル姿は必ず誰かの勇気になる、誰かに気づきを与える

「一生懸命」は、それを見ている人々に勇気を与えたり、気づきを与えます。

だから、私たちは、どんなにちっぽけなことでもいいので自分がワクワクできることを、ただひたすら一生懸命やっていればいいのです。

ワクワクすることは疲れません。一生懸命できます。

「やるべきこと」 「やった方がいいこと」 を無理して一生懸命やるのではなく、ただ自分のワクワクを楽しんでやっていれば、他に良い影響を与えることができるのです。

2014年10月28日

正しい祈り(望み)方

あなたは求めるものは手に入らないし、欲するものを得ることもできません。

求めるというのは、自分には「ない」と言い切ることであり、欲すると言えば、まさにそのことーーー欲することーーーを現実に体験することになります。

したがって、正しい祈りとは、求めたりすがったりすることでは決してなく、感謝です。

現実に体験したいと考えることを前もって神に感謝するというのは、願いは叶うと認めることです。感謝とは神を信頼すること、求めるより前に神が応えてくれると認めることです。

求めたりすがったりしないで感謝しなさい。

2014年10月27日

すべてのことに感謝

太陽・水・空気など自然の恵みに感謝。

衆生の恩、つまり社会から受けている恩、すなわち衣食住が足りていることに感謝。

毎日、家でお風呂に入れることに感謝。安い服であっても、毎日着る服があることに感謝。三度の食事ができることに感謝。家の中でお湯をわかし温かいお茶が飲めることに感謝。自分の目が見え、耳が聞こえること、自分の足で歩けることに感謝。

感謝の念に満ちていると幸運を招き寄せます。

「足ることを知れば、貧といえども富と名づくべし、財ありとも欲多ければ、これこそ貧と名づくべし」 平安時代の僧、源信のことば。

感謝の念は、時間や空間を超越して、あらゆる対象物に伝わり、それを受けた対象物は、その人が良い気分でいられる方向に動いてくれるようになります。

2014年10月26日

足るを知る

身の回りを、不足側から見て 「ない」 と言わずに、充足側から見て 「ある」 と見る(考える)ことが大切です。

視点を変えて、「ある、ある、ある」 と充足を何度も感じると、現実にも 「充足」 がたくさん見つかります。

多くの人は、いつも 「ない」 という矯正メガネで現実を見ています。「ある」 と見れば、十分に 「ある」 のに。

たとえば 「幸せ」 でも探せば身の回りにたくさん見つかります。誰でも、どんな環境であれ、絶対に見つかります。

今 「幸せ」 じゃないなら、その人が 「幸せ」 を探せていないだけです。

探しましょう。「幸せ」 を。今すでにある、幸せを。

身の周りからです。遠くにそれを探すと、不足になります。身の周りに見つければ、充足になります。

原理はこれだけです。このことを 「足るを知る」 と中国の老子は言いました。

そして、ラインを決めるのは、あなたです。

ラインとは、充足と不足のラインです。

どこまで持てば、それを 「十分」 と言えるのか?500万円なのか?300億円なのか?
実は、ゴールなんてそこには 「ない」 のです。金持ちは、さらに大きなお金を求めて今日も生きています。

だから、「もう十分だ」 と言えた人から、このゲームを終えれるのです。数値の世界には勝者はいませんが、もし勝者がいるとすれば、それはゲームを終えた者だけです。

「足るを知り」ましょう。そこにラインを引けるのは、いつでも本人である 「あなた」 だけです。

そして、不思議にも、不足を感じなくなったら、現実に 「ある」 がどんどん現われてきます。それは、あなたが 充足」 を信じているからです。