2016年03月20日

目の前の障害は固定観念を指摘するシグナルです

それが嬉しいことであれ、悲しいことであれ、私たちは何かを目の前にしたとき、前後関係が断たれた「限られた事物・区切られた時間の中」に意味や価値を見い出そうとしてしまいます。が、本当は、そこには意味も価値もありません。ただ単に、そうだったのです。

これは、逆に言うと、このように言うこともできます。

現実に対してどのような意味や価値を付与するかは、すべて自己責任であり、また、そこには第三者が決して踏み込むことができない絶対的な自由がある、と。

精神世界では「世界は、自分の心の投影である」とか「世界は、すべて自分の思いどおりに形づくられる」などと語られますが、気づいてしまえば、それはとてもシンプルで明快な事実です。

なぜなら、あらゆる意味や価値は、対象にではなく、私たちのとらえ方にあるのですから。
とにもかくにも、自分の人生経験や生活習慣の中で身につけた固定観念(あらゆる決めつけ)は、想像以上に自分自身の自由を奪う足かせとなっています。

もしいま、あなたの目の前に障害があるならば、それはあなたの固定観念を指摘してくれるシグナルなのかもしれません。

2016年03月19日

人生とはプロセスが目的です

あなたの人生には、特別に決まった使命や役目、目的があるわけではありません。

人生には特別な目的はないのです。

人生のすべてが目的です。すべてが大切で、すべてが価値あることです。すべて平等に価値があります。

生きることに特別な目的がないように、個々の人間にも特別な目的はなく、ただ自由な各自の選択があるだけです。

もし何か絶対的な目的があったなら、それはあなたがそのように決めただけのことです。

絶対的な目的があるということは、必ずそれに縛られるということであり不自由です。

「こうであるべきだ」というような絶対的な目標は必ず他者からの洗脳です。

何かを「こうであるべきだ」と決めたら、必ず失敗の可能性もあり、苦しみも生まれます。

あなたが目標や欲求を決めても、それに縛られないでください。縛られるのではなく、すべての欲求を楽しみ、目的に向かうプロセスを楽しみ、すべての瞬間を愉しんでください。

途中で遭遇するすべてに感謝し、それらを大切にしてください。

人生とはプロセスが目的なのです。

2016年03月18日

「成果」や「結果」に囚われず楽しんで生きていればいい

私たちの心の奥底には、「なにも成し遂げていない自分が楽しんだり、喜んではいけない」という洗脳データが強烈に入力されています。

すると、なんらかの成果や結果を形のうえで自分に出せないうちは、楽しんだり喜んではいけないという思いにかられます。

条件を満たさない自分は愛されないし、認められないと洗脳されてきました。

そのまま生きている自分の状況だけでは、生きる自信がなくなっていくのです。したがって表面的に教えられた通り、さらにたくさんの条件を満たすべく生きていくのです。人生を楽しむどころか、「条件を満たす」ための苦しい人生になっていきます。

ただ生きているだけでいい。宇宙はそういうところなのに・・・・。

しかし、これは逆です。楽しんで、喜んで、前祝いの気持ちで、ただ遊びをエンジョイしていると、勝手に楽しい形が外側にできていくのです。これが本当の「成果」です。
これが具現化です。これが願望成就です。

あなたがなんの条件もなく、ただ楽しいことを自分にさせてあげた分だけ、楽しい成果と結果が出来ていくのです。

宇宙はそのようになっています。多くの人が早くこのことに気づくことを願ってやみません。

2016年03月17日

お金は喜んで楽しんで使う

「怖いから、何かあるといけないから、お金は娯楽ばかりに使ってはダメ」という思いが、お金を恐怖で縛り、死に金にしています。

「将来何かあるといけないから」というのは、あまり喜ばしいことを想像していないことで、それが当然そんな出来事を引き寄せ創ってしまうのです。

お金は喜んで楽しんで使うものです。

お金を使う恐怖感と罪悪感、それらはDNAレベルで先祖から受け継いでいる情報であり、人類全体の集合意識です。しかし、この恐怖感と罪悪感に飲み込まれていいなりになるばかりでは、人生は何も変わりません。奇跡も起こらなければ、サプライズもありません。

そこに対して、服従するでもなく、闘うのでもなく、無視するでもなく、あなたはひたすら「喜び」「楽しさ」を発信していけばいいのです。

お金のあることをもっともっと喜んで、使うことをもっともっと楽しみましょう。

2016年03月16日

自我(エゴ)がなくなると天国のような状態でいられる

頭痛がすると、あなたは頭を感じます。もし、頭痛が全部消えると、あなたの頭も消えます。
あなたが病気の時、あなたは身体を感じます。あなたが健康な時、あなたは身体を感じません。完全に健康な時は身体が無いように感じます。あなたは身体をまったく感じません。

完全に健康な人は身体を忘れています。子供は完全に健康です。子供には身体を忘れています。人は歳をとればとるほど、どこか具合が悪くなり病気になり、葛藤が始まり、身体は本来機能すべきように機能しなくなります。調和しなくなり、うまく働かなくなり、身体をもっと感じるようになります。

頭痛が頭を気づかせる、病気が身体を気づかせるという単純な現象を理解しさえすれば、あなたは自分を気づかせるものは、あなたの魂の病気のようなものだということがわかるでしょう。

完全に健康な魂は、自分がありません。それはお釈迦さまも言っていることですが、つまり、「自我」がない、ということです。自我を落としている、自我を消しているということです。

人は自我(エゴ)が無いときだけ、天国のような状態でいられます。
エゴ(自我)があると、怒ったり不安になったり、悩んだり、嫉妬したり、相手をコントロールしようとしたりして一時も平安でいられません。