2016年03月25日

長生きと幸福な死の予感・・・極少食のすすめ

健康で長生きし、しかもその間に病気ひとつしないで、ボケることもなく、最期の瞬間までまわりに介護などの迷惑をかけることもなく、最後には平和のうちに静かに息をひきとる、といった幸福な生涯を願う者は誰でも、飲食を最小限の量に定めそれを厳格に守って継続していくことが大切です。

ほとんどの病気は「血の汚れ」が原因です。

できれば、食品に含まれる添加物・農薬・化学肥料・抗生物質などのことも顧慮に入れて食品を選ぶことが大切です。

そうした点に注意して生活をしている者は、血液が汚れることはありません。また胃から頭にのぼる悪気もなく、心は常に穏かで、気分は妙なる悦びに満たされています。

そして過去の悪癖(過食)から解放されたことにたいして神に感謝でき、長生きが楽しみになることでしょう。

また、死についても、幸福な死を予感できます。

こうして食を最小限に摂している人には死の恐怖はありません。苦痛や高熱をともなう疾病などにみまわれることもなく、安らかに生を終えることができることを知っているからです。

すべての生き物は「生きたい」という思いを持っています。

決して必要以上にむさぼり食べて、他の生命を奪うようなことをしてはいけません。

2016年03月24日

複雑でなければ価値が無いという観念に縛られないこと

人生とは本当は非常にシンプルなものです。ただ、あなたがやりたいことをやっていくことが、全体のために役に立っていくのです。

複雑にしすぎて、自分を苦しめる必要はありません。

すべての痛みは、自然な自分(自分の使命)に抵抗しながら進んでいる時に出てきます。

自分の自然な部分(自分の使命)に沿ってやっているときは、すべてにワクワクし、怖いものは出てきません。

あなたが惹かれるものをやる時、自然にあなたの使命が完成されます。

2016年03月23日

すべては肯定的に方向づけできます

どんな時にでも、どんな状況でも、必ず理由があるんだということを理解できれば、そして今自分の目の前で起きていることの理由を、自分で否定しなければ、すべての状況は、自分が学ぶための肯定的な状況になります。

それがわかると、どんな状況も自分にとって、痛みを伴った状況にはなりません。

自分の中で見つかったものも、すべて肯定的に方向付けすることができるんだということがわかったとき、何も怖くなくなります。恐れることがなくなったとわかったとき、すべてが喜びに満ちた状況になります。

困ったことや不幸なこと、問題と思っていることは、すべて自分がそう解釈しているだけです。

2016年03月22日

判断を放棄しましょう

よい悪い、旨い不味い、美しい醜い、大きい小さい、高い安い、強い弱い、 等々、人は何でも価値をつけ、判断を下したがります。

しかし、それはあまり正しい道ではありません。

なぜなら、価値をつけられないものに価値をつけ、勝手に計っているからです。

だから、その価値にもとづいた判断も正しいものではありません。

しかも、その価値と判断こそが人に苦しみをもたらすのです。

もう苦しみたくないのなら、価値づけをやめ、判断を下すのを棄てましょう。

そして、そのような濁りのない澄みきった世界に後半生は生きましょう。

毎日を穏かに安らかに過ごすために。

2016年03月21日

苦痛は何故現れるか

人は苦痛を敵と見なします。けれども、決して苦痛は敵ではありません。苦痛は自己の生命が当たり前の道を歩まないで正道を踏みはずして間違った道を歩んでいることを知らせてくれる信号です。

それは私たちの忠実な信号手であり、自分が人たるの道を再び歩むように警告してくれる天の使いです。私たちが正道(神)を忘れて、自分の勝手次第のことをやっているときに再び自己を反省させて正道(神)の方へ心を振り向けさせてくれるのが苦痛なのです。

無常のものを常住のものと思い、朽ち果つべきものを永遠のものと思い、ただの幻に過ぎないものを実在だと思って、それらに執着していた心を一変させ、無常を無常とし、幻を幻とし、朽ち果つべきものを朽ち果つべきものと悟らせて、本当に常住なもの、金剛不壊(こんごうふえ)なものに心を振り向けさせてくれるのが苦痛なのです。