2014年02月10日

いい「場」に身を置くことがとても大事

私たちはいろいろな「場」に住んでいます。
学校、会社、地域、家庭、趣味の集い、習い事、友人との会食など、すべて「場」であり、そこにいる一人ひとりの状態が「場」のエネルギーを作り出しています。

病気を治すうえでも、健康に生きるためにも、いい「場」に身を置くことがとても大事です。

常にいい「場」に身を置き、生命場を高める努力を続けていれば、私たちの体が持つ自然治癒力がフルに発揮され、恒常性(ホメオスタシス)が保たれます。

その結果、健康で元気いっぱい生きることができます。

マイナスのエネルギーを持った「場」にはできるだけ近づかないようにしましょう。
たとえば、不平不満、悪口、愚痴、文句、批判ばかりしている人とか、いくら観光地でも不幸のあった場所などです。

2014年02月09日

自分の都合を捨ててみる

私たちは、おおむね自分の都合で生きています。人のためになりきるということはなかなかできません。ですから、人のために何かをするということは、いかにして自分の都合を捨てるかということになってくるのでしょう。

私たちが時としてものごとに行きづまるのは、自分の都合だけで動いているからではないでしょうか。そんなとき、自分の都合を少しでも引っ込めていくと、ものごとは動き出していきます。

自分の都合で生きていれば、それはどうしても人に伝わります。したがって、自分の都合だけで動いている間は、人はまごごろを通わせてくれることはありません。

道は多くの人との縁によって開けていきます。だから、自分の都合を捨てることさえできれば、道は必ず開けていくものなのです。

2014年02月08日

自分の置かれた環境に意義を見い出す

起こってくる一つひとつの出来事には、良い面も悪い面もあって、たとえ今は美しいとは思えなくても、そこに何か意味のあることを信じて生きることが大事です。

聖書の中に「運命は苛酷だが、摂理は温かい」という言葉があります。

現実がどれほど苦しくても、神は大きな摂理の中で一人ひとりを大事にされていること、自分の考えが絶対ではないということを信じ続けていく。そういうものが信仰ということです。

苦悩してこそ人は自らの内面を探究することになるし、優しくて人に安心感を与える人になれます。大切なのは、自分が置かれた環境にどれだけ大きな意義を見い出すかということなのかもしれません。

2014年02月07日

人生二度ないなんて思わないこと

自分の選んだ道は、危ないかもしれない。しかし、心配してもはじまりません。
実際、失敗したと思うことはよくあります。あのとき、もう一方の道を行っていたらと悔やむ。しかし、これがいけません。悔やむヒマがあるなら勉強だと思って、失敗までのプロセスをもう一度おさらいした方がいいのです。

失敗の原因をつかめば、次に役に立ちます。取り返しのつかない失敗、と思えることも長い人生で見たら、大したことではないということは間々あります。どんなことが起こっても「命まではとられない」と開き直って、平然としていればいいのです。

人生には思わぬ展開が開けてくるときがあるものです。
何事も悲観論で考えるから、ストレスばかり残って、いいアイデアが浮かばないのです。

人生二度ないなんて思って緊張せず楽観論で考えると、前向きにパワーを持ってものを見られます。これが大切なのです。

「まだこれだけある」と「もうこれだけしかない」の違いです。

2014年02月06日

「私は正しい」が問題をつくります

「私は正しい」という心から、怒りも嫉妬も、落ち込みも傲慢も、舞い上がりも、あらゆる感情が生まれてきます。
その心が、いろいろな問題をつくるのです。

「私は正しい」というのは、客観的に成り立たないことなのです。それは、わがままな恐ろしい思考です。しかし、みんな、「私が正しい」病に感染しているようです。