2017年03月01日

自分の使命

不運が続くのは、自分の使命と違うことをやっている証拠です。

世の中は極めてシンプルにうまくできています。自分の使命に合うことをしていると自然と道もひらけて運もよくなってきます。一方、逆に使命に沿わないことをしていると、不運に見舞われたり病気になったりするのです。

自分の使命を見極めるヒントとして長所と短所が与えられています。運のよし悪しも、これと同様、人に自分の使命を見つけさせるヒントと言っていいでしょう。

よく仕事のストレスから病気になってしまう人がいますが、これも、「今生の目的や使命と違う」ことを、一生懸命やっていることに原因があると言えそうです。

不運のみならず、病気でさえ、「あなたは、自分の使命とは違うことをやっています。だから、今やっていることはやめて、本当にふさわしい役割を見つけなさい」という神様からのお知らせ(警告)なのかもしれません。

本当に自分が得意とすること、すなわち自分の使命であれば、どんなに努力しなければならなくても、それがストレスになることはまずありません。

ところで、あなたの使命は、あなたがワクワクすることの中にあります。

ワクワクすることを続けていくと、自然と「これが自分の使命ではないだろうか!」と確信が持てるようになってきます。

そういう気づきや確信が持てるようになるまで、自分のワクワクを追及することをお勧めします。

2017年02月28日

運をつかむ

北宋時代の中国の文人で、唐宋八大家の一人と言われた蘇老泉(そろうせん)の「管仲論」に次の言葉があります。

「効の成るは成るの日に成るに非ず。けだし必ず由(よ)って起る所あり。禍の作(おこ)るは作る日に作らず。また必ず由って兆(きざ)す所あり」

人が成功するのは、ある日突然成功するわけではない。平素の努力の集積によって成功する。禍が起こるのも、その日に起こるのではない。前から必ずその萌芽があるということです。

運をつかむのもまた、同じことでしょう。

運をつかむには、運に恵まれるにふさわしい体質を作らなければなりません。言い換えれば、運を呼び寄せ、やってきた運をつかみ取るだけの実力を養わなければならない、ということです。

運に恵まれる体質を作るには、何事に対しても感謝をしていくことから始めましょう。

今ある状況、境遇、持ち物、あらゆることに、毎日毎日感謝ができるようになると、自然に運が良くなり、幸せになっていくようにこの世は成っています。

2017年02月27日

人間性を練り、自らの人格を高め、深めていくために学ぶ

人はどんな環境にいても、その環境を生かして幸福のメロディを奏でることが、この世に生を受けた者に課せられた使命だと思います。

明末の儒者、呂新吾(りょしんご)にこういう言葉があります。
「学問の要訣はただ八箇の字にあり。徳性を涵養し、気質を変化す」

人が学ぶのは思いやりや誠実、勤勉、忍耐の心といった徳性というものを養い育て、悪い気質を良い気質に改めていくためだ、というのです。

私たちは人間性を練り、自らの人格を高め、深めていくために学ぶのです。

呂新吾はさらに言います。
「我を亡ぼす者は我なり。人、自ら亡ぼさずんば、誰か能(よ)く之を亡ぼさん」

どういう人生を送るか。すべては自分にあります。そして、自分の在り方は幼児を含め自分を取り巻くあらゆるものに良くも悪くも影響していきます。

そのことをすべての大人(成人)は忘れてはなりません。

2017年02月26日

先師先人に学ぶ

この人生において、私たちの人格が真に確立し、もはや惑うこともなくなるまでには到底、自分ひとりの力ではなし得られるものではありません。

私たちは常に権威ある人格、品性、気魄(きはく)、才能に接触し、誘掖(ゆうえき)され、陶冶(とうや)されて、始めてようやく、自己を充実し、洗練し、向上させることができます。

この厳粛な事理を閑却し、蔑視する者は必ず人生に退転し、迷惑し、顛倒(てんとう)するの愚に終わらなければなりません。

人は常日頃から接する人・環境・書籍などに必ず影響されます。できる限り良いと思われるものに、生涯継続して接していきましょう。

2017年02月25日

人生は心一つの置きどころ

講談社を創った野間清治氏は以下のように言っていました。

「万事万象、わが一心に存する。わが一心によってわが境遇ができるのだ。すべては私の影だ。心が歪めば世の中も歪むのだ。わが一心によって、世の中が良くも悪くも、楽しくも辛くもなるのだ」と。

心の持ちようが人生を決めます。

平安な心の人は平安な世界に住みます。怒りや憎しみ、不平不満・愚痴・泣き言の多い人はそのような世界に住みます。

尊い教えも聞く人によってまったく違ったものになります。

同じ状況を豊かな実りにする人もいれば、不平不満の種にする人もいます。すべては心一つの置きどころです。