2014年03月27日

幸せの構造

宇宙的にすべての人が絶対的な価値を持って「幸せだ」と思えるものは、地球上には存在しません。けれども、個人がこれを「幸せだ」と思ったとき、そういうふうに決めたときに、それがその人にとっての「幸せ」になります。

つまり、「幸せ」という現象は、ひとえに個人にのみ帰属するものであって、他の人が口をはさみ、意見を言うべきものではありません。

「幸せ」はつかむものでもなく、「幸せ」になるものでもありません。

「幸せ」とは、ただひとえに「感じる」ものなのです。あることに「幸せ」を感じた人にのみ、そこに存在するのです。感じた人にのみ「幸せ」が生まれる、という構造になっているのです。

2014年03月26日

よろこび

よろこびは、たた単に与えられて私たちの人生に存在しはじめるものではありません。

それは、すでに存在する素材を見つめ直すことによって、または違った角度と視野から見ることによって創り出されるものでもあります。

つまり、どんな状況からも捉え方次第で喜びは導きだせ創り出せるということです。

2014年03月25日

「冬がきたら」・・・・坂村真民の詩(一部略)

冬がきたら

冬のことだけ思おう

冬を遠ざけようとしたりしないで

むしろすすんで

冬のたましいにふれ

冬のいのちにふれよう

冬がきたら

冬だけが持つ

深さときびしさと

静けさを知ろう

・・・・・・・・・・・・・(中略)

冬はわたしの壷である

孤独なわたしに与えられた

魂の壷である

以上


「冬」を、人生の冬である高齢期に置き換えてみると、深い味わいがあります。
人生の冬ーー高齢期に入ったら、過ぎ去った季節のことをなつかしむのではなく、また、暖房を入れて、冬の寒さをまぎらわそうとしたりしないで、むしろ進んで「冬のたましい、冬のいのち」に触れようとすることこそが、大切なのです。

その時、冬は、冬だけが持つ宝、高齢期に入ってのみ味わえる 「深さと、きびしさと、静けさ」を味わわせてくれます。

かくて高齢期は、それまでに、その人が味わったすべての経験を融和し、意味づける「魂の壷」となります。

人間は、「その青年時代は肉体で世界を捉え、壮年の時は心と知で世界を捉えるが、老年になると、魂で世界をつかまえようとする」と、言った人がいますが、本当にそうかもしれません。

2014年03月24日

大人の愛

洗いざらいすべてをぶちまけることがイコール親密度の度合いではありません。

むしろ、理解し尽くせない部分を残している。そういう相手を信頼し、尊敬を持っていること。
そして、その淋しさに耐えていくこと、それが大人の愛であり、長続きする愛ではないでしょうか。

2014年03月23日

愛するということ

「愛する」ということは「好き」でなくてもできるんです。

せめてぎりぎりの線で、いじめないでください。不公平に扱わないでください。
フェアに接してください。

そういうことが、「好き」と異なる「愛」ということです。