2017年05月20日

本当に悟った人、本当の聖人とは

悟った人、聖人は、ただ自分が自分であることを楽しみ、祝い、遊べています。

他に証明する必要性が全くないからです。

「至福である」とあえてアピールすることもありません。

本当に悟った人、聖人は、頭の後ろに「後光」や「霊光」を欲しがったりもしません。そういったもので 「私は崇高だ」とは表現しません。そんなものは一切必要がありません。 素晴らしい聖人になろうと思っていないからです。

真の聖人は、何でもない存在です。だから逆に目立たないことさえあり、目立とうとする踏ん張りもありません。

威厳も威光も周囲に対して感じさせたりはしません。神々しささえもありません。それらは単なる虚栄だからです。

本当に悟った人、聖人は意外にも民衆の中に紛れ込んでひっそりと存在しているのです。

ほとんど介入、干渉はしません。助けたり癒したりほとんどしないでしょう、なぜなら人それぞれの課題は、その本人が解決するべき課題で、他が代わりにやってしまうと、その人の為にならない、カルマの解消にならないと知っているからです。

だから、イエスも釈迦も、だれ彼かまわずすべての人々を癒したりはしませんでした。

2017年05月19日

あなたは、「あなた」を生きればいい

この宇宙では、どういう思考・信念・概念なのかが大切なのではなくて、その考えが「あなた」が気に入るバイブレーションなのかどうかだけなのです。

この宇宙では、大勢の集合意識がどうであれ、各自がたった一人でもそう思うなら、自分が望んだ現実を体験し現実化できます。

そのように素直に自分が信じたら、自分の宇宙の中でのみ、そういう現象を創って観る(体験する)ことになるのです。

人の数だけ好みがあってよいのですから、あなたは「あなた」であってください。

あなたは、「あなた」を生きるために肉体をもらったのであって、他者の概念を生きているわけではありません。宇宙に同じものは不要だからです。

「正しい生き方」、「立派な生き方」、「素晴らしい生き方」、そんなことを追究するために生きているのではありません。

「あなた」が喜べるバイブレーションなのかどうかです。

あなたは「あなたの地球と宇宙」を創ってください。

正しき考えを追究する他人(社会)から教え込まれた生き方から、フィーリングやバイブレーションを大切に追究する生き方へチェンジしてみてください。

2017年05月18日

陰徳を積めば必ず陽報があります

人知れず善をなすことは、想像以上の力で運を変えます。
徳(善業)の積み方は、その人の運にも影響を与えますし、子供や孫などの運にも影響します。

たとえ本人が世俗的に大成功を収めても、知らずに悪業を積んで
いれば、孫が急死する、子供がぐれるなどという不幸は避けられません。

もし、このようなことが嫌いなら、徳を積み、運を変えるしかありません。そのために最も有効な方法が陰徳を積むということで、それを続ければ、必ず子孫のためにも良い結果を生むのです。

隠れて何か良いことをするというのは、決して無意味な行為ではなく、最後には自分と子孫のためになる行為だということを理解すべきでしょう。

まさに、「陰徳積めば陽報あり」なのです。

2017年05月17日

諦める人を人も神様も助けません

一生懸命に努力している姿は人の心を打ちます。なんとか手伝ってやろうという気を起こさせます。それを見ていて、その人の素質を見抜き、アドバイスする人が出てくるのです。どこで、どのような人が現われ、どのような道を提示してくれるかわかりません。

しかし、あきらめる人を人は助けないのです。

成功している人は皆、人知れぬ努力をしています。その精進が彼らの今日を築いているのです。

近い将来の運命は決まっています。自分が知らないだけです。それは因果の法則で決まっているのですが、人間の念は恐ろしいもので、それを変えて別の道に向かわせることも可能です。

つまり、自分のすぐ近くに、想像もしなかった、新しい道が現われる可能性があるのです。

それを知らずに、今やっていることをやめてしまえば、あたら機会を逃すことになります。精進を最後の段階でやめてはなりません。続けることで、新たな展開に出くわすのです。

2017年05月16日

やる決意・・・やると決め実行に移すこと

「できるか」「できないか」ではなく「やるか」「やらないか」の決意しだいで活路は開かれます。

「やるなら決めよ、決めたら迷うな」 です。

決めないから出来ないのです。決めれば必ず能力が生まれてきます。
「出来ないのではない、しようとしない」のです。

せっかく決めながら迷いを繰り返し、前に進めないことがあります。
こんな愚かな、無駄なことはありません。
人に甘え、手伝ってくれる人があると思うからです。自分のことは自分で成し遂げる一念がなければ、人生は何も見えてこないのです。

「出来ないことと、しないことを混同しない」厳しさを持ちつづけたいものです。