2014年03月14日

尊い人生

一生の価値は長さによって計られるものではなく、その充実度によります。

苦しみや不幸がなかった人生が、善い人生だったのではなく、苦しみや不幸にも意味が見出せた一生こそは、尊い人生なのです。

2014年03月13日

他人の過失を見るのではなく、自分を観る

「あの人は間違っている」 「彼女(彼)はおかしい」 「この人は仕事をしていない」と、
私たちは他人の欠点や過ちばかり見ようとします。それを生まれてから死ぬまでずっとやっています。

互いに他人を指さして 「しっかりしなさい」と言います。自分を直そうとしないで、いつも他人を直そうとします。そんなことをしていたら、いったい誰が直るというのでしょうか。

私たちは、人の過失を指摘するのが大好きです。それは他人の過失を指摘することで、「自分は正しい」と思いたいからです。

「あの人は嘘つきだ」というとき、「自分はあの人と違って正直者だ」と思うのです。自分をだまして、気分よく生きているわけです。

文明は進歩しても、人の心は古代からなかなか進歩しません。進歩しないのは、他人の過失ばかり見て、自分の心を観ようとしないからです。

他人の過失を見て、相手が悪いと言っているあいだは争いが続きます。しかし、どちらかが自分の心を観ようとすれば、そこで争いは終わるのです。

2014年03月12日

「愛」は愛し続ける、ということ

愛するということは生半可なことではなく、愛し続けるということなのです。

線香花火みたいにパッパッパッと光ってしょぼんと落ちてしまう愛は、愛の名にふさわしくないと思います。

愛は持続するものでなければなりません。

愛は愛し続けるということを要求します。

2014年03月11日

自分自身に優しくありましょう

他人に優しくできるためには、まず自分自身に優しくならなければなりません。

それは、自分に甘い点をつけるとか、いい加減に生きることではなく、まして利己的に生きることでもありません。

それはどんな惨めな自分も、それを受け入れてゆくということです。

2014年03月10日

当たり前が輝く

闇の中に置かれたがゆえに、それまで気づかなかった(知らなかった)さまざまの「明るさ」の有り難さがわかるのです。

それこそ「当たり前が輝いて」見えてくるのです。

病気、老い、苦しみ、悲しみ、辛い出来事は何らかの気づき(謙虚さ)を与えてくれる、神の恩寵であると捉えましょう。