2014年05月23日

状況は心の投影

状況は多面性を持っています。楽観的、悲観的、どう見るか。心を変えれば状況も変わります。状況はすべて心の投影です。

どんなに嘆き悲しんでも、事実としての状況は一つも変わりません。だとすれば、見方を変えてみたらいいのです。

心を変えれば、状況の色合いも変わり、意味も大きな変貌をとげます。
人生観、歴史観、宇宙観、死生観すべて心の所産です。

ある状況をマイナス面からだけ見ていたら、新しいものは何も生まれません。より良い人生を歩くためには、プラス面を積極的に見られる心の強さが望まれます。

それは逃げ腰になる弱い自分との闘いを敢行し、それに打ち勝つことから始まります。

2014年05月22日

起こることは、自分の「意識」が引き寄せている

あなたのまわりには、あなたの考え続けたことだけが引き寄せられて起きています。
「こうなりたい」と望んだことも、「こんなことは絶対に起こって欲しくない」ということも、実は両方とも自分が引き寄せたことなのです。
まわりに起こることは偶然ではなくてみんな自分が引き寄せてるんです。

ということは、自分次第で望むことだけを人生に起こすこともいくらでもできる、ということなのです。

運のいい人はいつも「自分は運がいい」と思い込んでいます。それを意識しているし、会話にも「運がよかった話」がよく出てきます。
物心両面で豊かな人は、普段からたいてい豊かな話をしていますし、楽しいことがよく起こる人は、いつも楽しそうなことを話題にしています。

楽しいことが起こったから楽しそうなのではなくて、はじめから楽しそうにしているからそれが引き寄せられたのです。
自分が「いい調子」のときはまた続けて「いいこと」が起こるし、不満や不安があるときは、それに追い討ちをかけるようなことが起きます。

つまり、一番はじめの自分の「意識」と同じようなことが引き寄せられているのです。

2014年05月21日

環境は人間を創りません

人間は、心の奥底の支配的な思いにつきしたがい、誤った行いをつづけながら、また正しい行いに努めながら、やがては、それらの果実である自分自身の外部環境に行き着くことになります。
人びとが刑務所に入ったり貧困に苦しんだりするのは、過酷な運命や環境のせいなどでは決してありません。彼らがそうなるのは、ひとえに、彼ら自身の不純な思いと利己的な願望のせいなのです。

澄んだ心を持つ人間は、たとえどんな誘惑を受けようとも、けっして犯罪に走ったりすることはありません。心の中で養われ、パワーを増した犯罪思考が、機会をとらえてそれ自身を外部に漏らしたとき、犯罪は発生します。

環境は人間を創りません。私たちの環境は、私たち自身のことを外側に漏らすのみです。

気高い思いばかりをめぐらしている人間が、邪悪な道に落ち、苦悩するなどということは決して起こりません。同様に、邪悪な思いばかりめぐらしている人が、気高い目標を達成して真の幸せを感じる、などということも絶対に起こりません。

2014年05月20日

必要・必然・ベスト

神様は生かすものは生かす、往生さすものは往生させます。神様は愛ですからその人に悪いようにはしっこない、と深く信じること。

起っていることは常にこれが今の自分に最善のことなんだと考え、どんなことも否定的に解釈しないことが大切です。

起っていることは必要があって、必然的に、ベストなタイミングで起っている。

2014年05月19日

すべての出来事、すべての経験は「機会」です

すべての出来事、すべての経験には、機会を創出するという目的があります。
出来事も経験も、「機会」なのです。それ以上でも、それ以下でもありません。

「悪魔のしわざ」とか「天罰」とか「神様からの褒美」などと考えるのは過ちです。
出来事や経験は出来事や経験として起るに過ぎません。それに意味を与えるのは、私たちがどう考え、どう行動し、どう応えるかです。

出来事も経験も、私たちに引き寄せられる機会で、意識を通して個人的、集団的に創りだされます。

意識は経験を創り出します。その意識を、私たちは向上させようとしています。
機会を引き寄せるのは、あるべき自分を創り、体験するためで、あるべき自分とは、今の自分よりも高い意識を持った存在ということです。