2015年02月28日

明日ばかりを追い求めていないか?

明日ばかりを追い求めて、今日ただいまの充実のなかった人生を悔やんではなりません。

ギリシャの哲人セネカは 「生きることの最大の障害は期待を持つということであるが、それは明日に依存して今日を失うことである」 と言っています。

この 「期待」 のために、現に手元にあるものを放棄し、手元にない不確定なものを追っています。

むしろ、手元にある確かなものによって生きなくてはならないのに、あなたはそうしていないのではないでしょうか?

2015年02月27日

今日、今ここを充実させる

人はつい、明日の僥倖(ぎょうこう)に期待をつなぎ、今日ただいまの充実をなおざりに生きています。

明日へとつないだ期待は、明けても現実のものとはなりません。期待は順延で先送りのままです。

気がつけば人生の余白はもう残り少なくなっています。そういう迂闊(うかつ)さに、もうそろそろ気づいてもいいのではないでしょうか。

いまからでも決して遅くはありません。

2015年02月26日

無意識な思いや言葉に注意しましょう

私たちが日々の中で、どこに意識を向けるかによって、未来が変化していきます。

ポジティブなことに意識を多く向けると、ポジティブな現象を多く体験し、ネガティブなことに意識を多く向けると、ネガティブな現象を多く体験するようになっています。

お金の面でも、いつも支出にばかり意識が向いて、「足りない、足りない」と思っていると、不足を体験することになり、いま、持っているお金、入ってくるお金のことに意識を向け、感謝すると、お金の流れもよくなります。

大切なことは、いま、恵まれていることに、なるべく意識を向けて、感謝することです。

いま、恵まれていること、足りていることを探すことが大切です。

住む家があることや、ダイエットしないといけないくらい、毎日ご飯が食べれることや、
蛇口をひねると、すぐに水が出ること、簡単に洗濯ができること、いつでも、火が使えて料理ができることや、毎日お風呂に入れること、トイレは水洗で、衛生的なこと、夜になると電気がついて明るくなり、テレビが見れたりすること・・・・・などなどです。

私たちは、今とても恵まれている環境の中にいます。

小林正観さんの言葉に、こんな言葉があります。

「海」の中に住む魚は「海」の姿がわからない。「幸せ」のなかに住む人は「幸せ」の姿がわからない。「日常」こそが「幸せ」の海。

宇宙は、私たちの日頃、心の中に強く思っていること、感じている観念を、そのまま現実に投影しています。

それを、私たちが、意識的に、望むものかどうかは、関係ありません。 宇宙には、良い悪いという、判断はないのです。

不満ばかりを言う人は、また不満を言いたくなるような出来事が起こり、感謝を多く思って、その感謝を言葉に出す人には、感謝を、また、したくなるような出来事が起こってきます。

思い通りにならないと思っているかもしれませんが、宇宙から見たら、常に私たちの思い通りの現象を提供しているに過ぎないのです。

ならば、まだ起こってもいない未来を心配しすぎたり、感謝できることが沢山あるのに、足りないことばかりに目を向けて、現状に不満を持っているより、いまある幸せ、感謝できることを、意識的に思うよう癖づけていく方が、良いのです。

どうせ、引き寄せるなら、自分が嬉しい、愉しいことを、現実に引き寄せましょう。

私たち、一人一人の想念、言葉、イメージは、とてもパワフルです。

そういう訳で、私たちが日頃、心の中で無意識に思っていることや、無意識に口から出る言葉はとても大切です。

2015年02月25日

「ありがとう」「おかげさま」

人間は弱い生き物です。だから他人と共存し、また神仏の声を聞きながら生きていかねばなりません。けれど、わがままや欲望が頭をもたげると、相手を思い通りにしたいと考えるし、自分自身も世間の評価や他人の意見に翻弄されていきます。
ほんとうの自分を見失って、そこに苦しみが生まれてきます。

だから、素朴に考えればいいのです。素直な心で生きればいいだけなんです。思いやり、謙虚さ、それから親切の心を持つようにすること。「いつもありがとう」「おかげさまで、なんとかやってます」の気持ちで生きていけばいいだけなんです。

素直な気持ちで生きていけば、自分勝手な欲望や煩悩に気づくことができ活力がよみがえってくるということです。
「ありがとう」「おかげさまで」で生きられないのは、自分自身が謙虚さを忘れてしまってるせいなんです。

2015年02月24日

自業自得

「禍福はあざなえる縄のごとし」という言葉があります。人生はいいことばかりが続くものではないし、また悪いことがあっても、それがいつか、いいことに変わっていくものだという教えです。

だから、苦しい時こそこれからどんどん良くなると考えるようにしましょう。苦しいことはいつまでも続くはずがない、どん底まで行ったら、それ以上、落ちようがありません。あとは一歩ずつ上がっていくだけ。そう思えば、苦が少しやわらいできます。嘆くことはありません、未来は明るいはずなんだから、と自分にそう言い聞かせましょう。

大事なのは、どんなときにも自分の身の不運を嘆かないことです。「なんで自分ばっかり」と悲嘆にくれる気持ちはわかりますが、「苦しい」と思えば余計に苦しくなってしまいます。

自分の身に起ったことは、本当はすべて自分が蒔いたタネなので、他人がつくった原因が自分に及んでいるわけではありません。これを仏教では「自業自得」といいます。この言葉は「悪行の報い」という意味ばかり強調されていますが、いいことだって同じです。つまり、「善因善果」です。

逆境に立たされたときに、「自分は何も悪くないのに」と泣き言をいっても、問題が解決するわけではありません。それどころか、泣き言は自分を弱くするから、逆境から逃げ出したくてたまらなくなります。それがますます自分を窮地に追い込んでしまいます。

反対に、どこかに自分の責任があると甘んじて受け止め、それが運命だと考えてみましょう。そうすれば困難に真正面から立ち向かっていけるようになります。「逃げてはいけません。そこに踏みとどまって運命に立ち向かいなさい」と、仏教は教えています。