2015年01月19日

今の自分・今ある恵みに感謝

仏教では、人が人として生きるためには、感謝の気持ちを持つことが何よりも大切で、その感謝の気持ちを強めるためには、少欲と知足の精神を持つことが、重要であると説いています。

欲望を最小限に押さえ、必要以上に求め過ぎない。今足りていることを知る。多くを求めることなく、足りているものがたくさんあると思えば、自分の境遇がありがたく思えてきます。

少欲と知足の心で、今ある状態に感謝する。そうすれば不平不満を口にすることもなくなるだろうし、人の心の痛みだってわかるようになります。恵まれない人に対して思いやりの気持ちが持て、やさしく接していけるようになります。

神様というものは、そういう人をこよなく愛し、そういう人には十分すぎるほどの恩恵を授けてくれるものです。





















2015年01月18日

第一願望達成が必ずしも至幸至福とは限らない

願いが叶わなかったからといって失望したり、落ち込んだりすることは
ありません。

神様は全知全能なので、どうすれば、あなたが一番幸せになれるのか、運がよくなるかをご存知です。そのためには、今の願望が叶わない方がいいと判断し、誘導措置をとってくれたり、軌道修正を図ってくれる場合が、人生にはしばしばあります。

「今の自分の願望が叶うことが絶対幸福につながる」とは限りません。
そう考えると願望が叶わなかったときも落胆せずに乗り切ることができます。

2015年01月17日

幸福はいつもあなたのそばにある

幸せは、いつも、自分のいちばん近くにあるのです。幸せになりたいと思えば、その瞬間、そのまま、心で、それを感じ、味わうことで、それはすぐ叶うのです。

本当の幸せは、はるか遠くのかなたまで探しまわらなくても、幸せを感じるほどに、さらに幸せを引き寄せるものなのです。

たとえば、子供の笑顔を見ているとき。

たとえば、愛する人のそばにいるとき。

たとえば、ぐっすり眠れる夜があるとき。

たとえば、雨露をしのげる家があること。

たとえば、きょう食べるものがあること。

たとえば、自分で呼吸できること。

特別なことなどなにもない普通の日常の中に、こんなにもたっぷり大きな幸せがあるのです。




















2015年01月16日

幸福は与えられるものではなく、見い出すもの

人は他人の幸せには敏感ですが、自分の幸せにはなかなか気づきません。どうも人は、幸せを自分の内に求めるよりも自分の外に求める傾向が強いようです。自分の今の幸せを認識せず、他人の幸せばかり目を向けてしまいがちです。

たとえば、働けることは幸せなことです。しかし、そのことに幸せを感じている人は多くはありません。当たり前と捉えて、何ら疑問を感じないのです。

しかし、そういう人も、一度病気で働けなくなったり会社がつぶれて失業してしまったりすると、働ける幸せを思い知らされるのです。

今ある幸せを感謝できなければ、永久に幸せを感じることはできません。幸せを見ようともしないで、不満を並べたり不足を訴えようとしても、今ある幸せを失うだけです。今ある幸せに感謝して生きてこそ新しい意欲が湧いてくるのです。

2015年01月15日

「ダメ」だと思ったら、本当にダメになる

人間は、ダメだと思った瞬間から、本当にダメになってしまいます。

「自分は大した能力はありません」「こんな人間ですからね」と謙遜しすぎるのも、かえってマイナスの印象を与えます。いつも自分を卑下することしか言わなければ、他人からも軽く見られます。

中国の古典に「自分を蔑む者は、他人からも蔑まれる」という言葉があります。人は同情できる相手など求めてはいません。一緒にいて楽しい相手、自分にとってプラスになる相手を求めているのです。

「自分には能力がない」「自分なんかダメだ」と思い込んでいる限り、運は近づいて来ません。それどころか、本来持っている能力を伸ばすことも生かすこともできずに人生を終わってしまうのです。

潜在能力を発掘し、それをうまく引き出せるかどうかは、自分の可能性を信じる力と、心に描いた自己イメージが大きく左右するのです。