2014年12月05日

出会った人はすべて師である

これまでの人生で、あなたが教訓を学んだ相手はあなたを賞賛し、親切をほどこし、味方になってくれた人だけだったでしょうか?あなたを排斥し、論争した人々からも大切な教訓を学ばなかったでしょうか?人は他人とのつき合いを通して、自己を形成していきます。

「麻の中の蓬(よもぎ)は助けずして直し」という言葉があります。蓬は、曲がりくねって生える性質の木ですが、まっすぐに生える性質の麻の中に混じると、手を加えて直してやらなくとも、自然にまっすぐに伸びてゆくというのです。つまり、よい友に交われば、自分も自然にその影響を受けるということです。

現在、つき合いのある人々について、考えてみましょう。彼らはあなたにとどんな影響を与えているでしょうか?彼らと出会ったことで、あなたはどう変わったか?

もし、その中に、あなたが目的を実行するにあたって悪影響を及ぼす人がいたら、離れることです。

そして、自分にとってプラスになる人とより多くの時間を過ごすようにしたほうがいいでしょう。

どんな人間でも、学ぶべきものを持っていますが、自分の幸福の妨げになってまでつき合う必要はありません。一緒にいれば、自分も同類の人間になってしまい、チャンスもつかめません。

できれば、自分にとってプラスになる人を選ぶことです。プラスになる人というのは、人によって違いますが、自分より優れた人、自分にはないものを持っている人、そして互いに出会いをプラスにしていける人と積極的につき合うようにしたほうだいいのです。

2014年12月04日

知りたいと思ったら、実践する

勉強して知識を広げ、物事をわきまえることは大切ですが、そのままにしておかないで、自分のできることを実践していくことが肝要です。

知っていることを生かすことができないというのは、結局、生かすところまで学んでいなかったということになります。

やってみて初めて、難しい、これは自分の手に負えないということも分かります。

じゃあどうしようかと考えます。それはやってみないとわかりません。やらないで分かったような気になっていることが案外多いものです。

自分自身が感じて味わって初めて本当の意味で「知る」ことができます。人生は自分の力で知っていくしか仕方ないのです。

2014年12月03日

今をどう生きるか

死んだ後はどうなるのか?極楽はあるのか?地獄はあるのか?

お釈迦様はそのような問いは無意味だとしてお答えになりませんでした。

生きている私たちに大事なのは、「生きている今、どう生きるべきか」だけです。

そこで、こう考えましょう。世の中には少なからず悪人がいます。その人たちは、来世があろうとなかろうと罰を受けます。来世がなければ現世で逮捕されたり処罰されたりします。もし来世があれば、来世においても苦しむことになるでしょう。

いっぽう、悪いことをしない善人たちはといえば、来世がなければ天国へ行くことはありませんが、彼らはすでにこの世で幸せなのです。来世があればもちろん天国へ行けます。

このように、死後の世界があるかどうかに関わりなく、私たちは善行をするべきであることは決定されます。

今をどんなふうに生きているのか。私たちが気をつけるべきことはそこだけです。

2014年12月02日

今、すでにあるものに感謝

今、足りてないものを追い求めるのではなく、既に与えられている多くの恵みに感謝しましょう。

人間は、「今、いただいているものに気がつき、感謝をはじめる」と、あれが欲しい、これが欲しいと言う気持ちが、著しく減っていくものです。

幸せというものは、「今、足りないものを探して、手に入れること」ではなくて、「自分が既にいただいているものに感謝し、自分が恵まれていることに気がつき、嬉しい、楽しい、幸せ・・・、と生きていること」です。

2014年12月01日

丸ごと受け入れてしまえばいい

私たちは、小学校、中学校の教育で、「思いを持って、努力をして、頑張って、必死になって、今ないものを手にいれなさい」「自分の思い通りにすることが幸せである」と教えられ洗脳されてきました。

しかし、「受け入れること」。思いを持たないで、目の前に起こったことに対して「そうきましたか」と抵抗することなく、嫌がることなく受け入れてしまう方がラクに生きられます。

「この人をこうしたい」とか「この状況から抜け出したい」とか「もっと実績を上げたい」と思うから苦しいのであって、丸ごと受け入れてしまえばいいのです。

そうすれば、思いと現実とのギャップが生じることなく、ストレスも悩みも不満もなくなって、本当にラクに生きられるでしょう。