2014年08月18日

忘却は天の恵み

物忘れを嘆くのは、精神衛生上よくありません。

覚えていないもの、忘れたものはどうせ自分にとっては役に立たないものだと思うようにしましょう。

そうすると、何を忘れても、イラつくことはありません。泰然自若。忘却がうまく機能していると考えましょう。

覚えておくべきことを忘れても、決して悔やんではいけません。

2014年08月17日

親しき仲にも礼儀あり

「親しき仲にも礼儀あり」というのは、友達関係だけではなく、夫婦や親子の間でも必要です。

家庭は気を許してもいいところですが、だからといって、相手を傷つけるようなことを平気で口にしたり、不愉快さをのべつぶちまけてもいい、というものでは決してありません。

年をとろうと、それは同じです。

老いれば、何でも許されると思う人がいますが、それも一種の甘えでしょう。

「私くらい年をとれば、何を言っても許されるのよ」と言った老女がいました。本当のところは、周囲の人たちが我慢して聞いているのを、彼女は許されたと勘違いしていたのです。

私たちはたぶん一生、誰にも甘えて不作法をしてはいけないのです。配偶者にも成人した子供にも立ち入りすぎた非礼はなさない、と決心する方が、かえって楽なのかもしれません。

2014年08月16日

与える側に立つと幸せになる

「受けるより与えるほうが幸いである」と聖書にあります。これは信仰の問題ではなく、心理学的実感としても正しいでしょう。

ただ受けているだけの人は、もっと多く、もっといいものをもらいたいと際限がなくて、夫が(妻が)「してくれない」、嫁が「してくれない」と不満が募ります。しかし、与える側に立つと、ほんの少しのものでも些細なことでも楽しくなり、相手が喜んでくれれば、さらに満たされます。与えるほうが、ずっと満足感があるわけです。

大人になれば与える側にまわらなければなりません。

人は受けもし、与えもしますが、年齢を重ねるにつれて与えることが増えて、壮年になると、ほとんど与える立場になります。そしてやがて、年寄りになってまた受けることが多くなってきます。

しかし、その時、人によって受け方の技術に差が出てきます。
ただ黙って受けるだけなら、子供と同じです。もし、「ほんとうに、ありがとう」と感謝して受けたなら、与えた側は嬉しいでしょう。お茶を一杯いれてもらって、何も言わずに当然のように飲むのと、「あなたのおかげで、今日はおいしいお茶が飲めました」と言うのとでは、相手の気持ちが全然違うでしょう。

与える側でいれば、死ぬまで壮年でいられます。おむつをあてた寝たきりの老人になっても、介護してくれる人に「ありがとう」と言えたら、喜びを与えられるのです。

2014年08月15日

病気の治し方

病気になったのなら、嫌なこともしないと治りません。

好きなことばかりしてきたから、好きなものばかり食べてきたから病気になったのです。

話は簡単。病気の治し方は、自分が嫌なことでも体にいいなら、しないといけない。

自分が嫌いなものでも体にいいなら食べないといけない。

自分が好きなものでも、体に悪いものは食べてはいけない。

バランスが崩れてるんです。

病気は、今の生活(食生活)を改めなさいというお知らせです。

2014年08月14日

不快な気持ちを継続させない

誰かのふとした言葉に過剰反応することはありません。

「この人はこういう意味で言ったのかな・・・?」
「本当は、こう思っているのかも・・・?」

なんていう余計な心配は、取り越し苦労だったりします。

何か気になることを言われても、さっさと頭の中から出してしまいましょう。

肝心なのは、「どうしてあんなことを言うんだろう・・・?」ではなくて、その気持ちを早く忘れてしまうことです。